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小話
「お前は結局、ヒロトのなにになりたかったんだ?」
カタカタとキーボードを打つ音だけが聞こえる静寂の中、ただの好奇心でそんなことを聞いた。あたりまえに返答が返ってくるとは思っていなくて、それでもカタカタ単調に鳴り響いていた音がピタリと止んだところをみると、珍しく答える気があるんだなと思わず口笛でも吹きそうになる。
「きっしょ」
いざ答えを聞いてみてみたら肩透かしをくらったが。
それでも、俺の質問になにかしらの返答を返すのが珍しくて面白い。つまりはわりとサナのなかでも考えていた疑問でもあったんだろう。
「恋人?友達?」
「いやまあ、性的対象ではあるけどな」
ひーちゃんがオカズやったくらいやし、と続いた言葉には思わず声を失い破顔した。サナが、再びpcの画面に集中してたのが幸いなほどドン引きしてしまった自覚があった。今更。ほんと、今更なのだけれども、俺はヘテロだから。
桃と葵の関係に疑問を抱きつつも理解できないものとして、相入れる必要がないものとして扱ってきただけあって、こうも正々堂々宣言されてしまうと引いてしまう。
そんなことを言えば、じゃあ聞くなやくそがしねと、返ってくるのは明白。
「じゃあ恋人じゃん?」
噛み砕いて噛み砕いて出た言葉はそれだった。
性的対象イコール恋人ていうこたえも安直すぎる。
そうじゃないこともある。
俺だってグラビアアイドルがオカズだが恋人にしたいわけではない。
「恋人の座とかいらん。俺はひーちゃんの1番にい続けたかっただけや」
「……なるほど」
思い浮かんだ顔はひとつ。
ヒロトの唯一無二。
おそらくヒロトのなかで1番であり続けるであろうハルの顔だった。
治療して、意識を取り戻して、屋敷にいた頃の記憶をなくしているのは好都合だと思った。関わらせる気など毛頭なかったから。
それでも再び、運命というほかならない縁で出会い、共にいることを考えれば、そんな考え野暮だったとしか思えないのだが。
『そばにいてあげたい子ができた。さよなら』
命の恩人に向ける言葉ではないだろうと思いながらも、それでもそういう相手ができるのは好ましく思っていた。それがまさかヒロトなんて微塵にも思いもしなかったが。
桃から預かっていたハルの生活費をぶんどられて、消えたと思ったら、屋敷にいるし。しかも記憶戻ってるっぽいし。
記憶を取り戻せば泣くと思っていた少年の面影はなく、覚悟を決めた男の顔が今でも脳裏に焼き付く。
『責めて欲しいなら責めてやろうか?全部お前のせいだよ』
『だれが責めて欲しいって?生意気言ってんじゃねぇぞクソガキが。怒りを向ける矛先も分からず、そこらの他人を責めることで溜飲下がるならテメェの愛も大したことねぇなハル』
『ころす』
記憶が戻ったことを聞いた時なにかの弾みで激しめの言い争いをして、激しめに拳で語り合った。なにも分かり合えなかったが。
それでもあの家についてある程度知ってしまったらしいハルは、やはり怒りを向ける矛先を欲しているようで、そして誰にも向けられないことを悟っているようだった。ハル自身が自分で考えてそこに着地したんだとしたら俺からはなにも言えなかった。言う資格もないし。言うつもりもない。
『…っ、俺はヒロトを守れたらそれでいい』
『……』
『だから、協力しろ。マモル』
お互い息も絶え絶えで、語り合った結果なにも分かり合えなかったというのにそんな言葉を吐いたアイツに、俺も肯定の言葉以外は言わなかった。
あの家に反抗するのは慣れてるし。
「一番は、難しいな?」
「殺そか」
「事実だろ」
「事実やけど」
「あぁ、二番にもなれないのが悔しいのか」
「やっぱ殺すわ」
そうして投げられた殺意バリバリの分厚いプログラミング言語の本。すんでのところでかわしたが、わりとひやっとする。
「デリカシーとかないんか?おっさん」
「俺にデリカシー求めんなよ」
サナと初めて知り合ったのはいつだったか。ヒロトが屋敷から逃げ出したという話を聞いてわりとすぐだった気がする。モモしか知らない俺の居場所を単独で突き止め、突撃訪問。もしかしたらヒロトの逃亡を手伝ったのではないかというサナの的はずれな考えで初対面を果たしたが、今はこうして俺の事業手伝ってもらってんだから本当に人生てどう転ぶか分からない。
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