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今度こそ、当たるはずだった。
しかしその蹴りが伊織に当たることはなく、寸止め。一寸の距離もないところでピタリと勢いを殺した神楽は殺気を消し、足を下ろして明るく笑った。
「俺の、勝ち」
異論は上がらなかった。
上がるはずもなかった。
実力の差は一目瞭然で、神楽が攻撃を繰り出した時、伊織は反応すらできなかったのだから。
「満足した?隼人」
「……つまんねぇ。なんで俺だけあんな殴られなきゃいけねぇんだよ」
「隼人は俺の逆鱗に触れたから。寛人だけは駄目。手出しちゃ駄目。相手にどんな理由があろうと、例え寛人の方に非があったとしても、俺は許さないよ」
「うわ、さみー」
「…ひどい、寛人」
本気なのにー…、と情けない表情でフラフラと歩き出した神楽のその先にあるのは寛人。遠慮というものを知らないのか、勢いよく抱きついた寛人はそのまま床に押し倒される。
「潰されたいの?神楽」
「ごめんなさい!!」
それは本当に、同一人物なのかと疑いたくなるほどの姿。
違う人格のようなそれ。
そういえば寛人だけは、殺気に包まれた瞬間、表情を変えなかった。
「んじゃ、帰ろっか。寛人」
『はぁ!!?』
思わず俺まで一緒に叫んでしまう。
突然の帰る宣言。
本当に、こいつは読めない。
「だな」
『だからなんでだよ!!』
「…仲良いな、おまえら」
苦笑い混じりにそう呟いた寛人の言葉に、一斉が気まずそうに顔を見合わす。
いつでもどこでも、喧嘩が絶えないチームなのだ、ここは。
こんな風に皆が一斉に叫ぶなんて初めてのことだった。
「ジン」
「は、はい!!」
「なんで敬語なんだよ…」
フッと笑ったその表情はやっぱり大人びて見えた。かぁっと熱くなる顔をうつ向かせ、上目使いで寛人の顔を窺う。
「またな」
そう言って、頭を撫でられた。
俺と同じくらいの身長なのに、同じ年齢のはずなのに、なんだろうこの子供扱いは。
悔しくて、つい言葉を発してしまう。
「今度は喧嘩、なしね…」
ビックリしたような表情。
それすらも可愛いと思ってしまった俺は、神楽並にフィルターがかかってしまったんだろうか。
「おう!!」
ニッと笑う。
初めて、年相応の笑顔を見た気がした。
顔が熱い。
照れた俺の頭をもう一度ぐしゃぐしゃ撫でると、少しすねたように口を尖らせる神楽を連れて、寛人たちは本当に帰ってしまった。
これが、俺と寛人の出会い。
次の日、当然のように扉をくぐり抜けてやってきた神楽たちと龍聖が、仲良くなるのは、また別の話――。
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