寛人と彼方の昼模様

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「なに?どうしたの神楽」 「駄目!!駄目ったらだめ!!行くよ!!」 「はぁ!?ちょ、待っ」 ぐいぐい体を引っ張られながら、というか引きずられながら俺たちは段々と中庭のベンチから遠ざかっていく。それと同時に遠ざかる彼方先輩を置いていって良いものかと視線をその人に向ければ当の本人は何がおかしいのか声を殺して笑っていた。 こちらとしては、置いてけぼりにされたような気分で、なんだかつまらない。二人だけ話分かってるなんてずるいだろ、なんて恨めしげに彼方先輩を睨んでいると、笑いすぎたせいで若干涙を浮かべているその瞳がこちらを向いた。 『愛されてんのな、お前』 口パクで伝えられたその言葉は俺には理解できないもの。きっと理解できるのは彼方先輩と神楽だけなんだろう。 「………」 いつの間にか彼方先輩の姿は見えなくなる場所まで来ていて、いつの間にか引きずられていたはずの体は自らの足でしっかりと立っていて、その手はいつの間にか神楽の手と繋がれていた。 そっと繋いだ利き手ではない左手で自分の頬に触れてみる。 彼方先輩の口の動きがそのまま、脳内再生。さらには彼方先輩の声までおまけとして聞こえてきた気がした。 繋いだ右手と、触れた頬がいつもよりも熱を持っているような気がするが、きっと気のせいだ。 ふと見上げてみれば、バチリと合う視線。弾かれたように、互いに目をそらしてしまい、なぜか気まずい。 あぁ、くそ…。 彼方先輩のせいだ。 こんな変な空気になったのも、神楽が変な風になったのも、俺の顔が熱いのも、神楽が耳まで真っ赤にしてるのも、繋いだ手がこんなに嬉しく感じるのも全部全部…。 「神楽…」 「………」 「彼方先輩になに言われたんだよ」 「………」 ぴたりと止まった足。 くるりと振り返った顔は百面相。 「……ぅ、むり。だめ、言えない…」 「…余計気になるんですけど」 そんな風に言われたら。 それでも神楽はうつ向いたままひたすら首を横に振り、しまいにはしゃがみこんで蹲ってしまった。 もういいから、とその背に手を置こうとした瞬間、俺の体は引っ張られ、バランスを崩した。が、そこは神楽。しっかりと支えてくれた。 しかしそのときの言葉が問題だった。 「ヒロト、大好き」 不意打ちなセリフ。 いつもと同じセリフなのに、神楽が妙に照れたように言うから、こちらまで照れてしまう。 ――俺もだ、馬鹿…。 あぁ、畜生、恥ずかしい。
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