ハルヒロ放浪記

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昼間の買い物はなんの問題も無く行けた。俺はどう頑張ってもテンションがあがるわけもなく、気をつかってかいつもより明るく振る舞う神楽に相槌を打つばかり。 なにを食べたい?と聞かれても、なにも浮かばなかった。 結局、神楽のセレクトで材料は買い込まれ、ふたりで帰って俺も手伝いながら料理して、明らか1泊2日分ではないだろうという量で冷蔵庫はいっぱいになる。 「じゃ、行ってくるね」 「行ってらっしゃい」 「……そんな顔してたら、行きづらいんですけど」 苦笑い気味の神楽に、笑いかけることもできなかった。寂しいとか、悲しいとかそんな感情ではない。 漠然とした不安。 いってきまーす、と後ろ髪を引かれる思いでのろのろと出かけていった神楽を見送ったあとも、しばらくは玄関で立ち尽くしていた。 日が落ちて、部屋が暗くなったあとも、閉じられた玄関扉を見つめることしか今はできなかった。 「……」 寂しくないように、道中も頻繁にメールをくれる神楽のおかげでようやく部屋に戻る。今日の夜の分だと冷蔵庫にいれられないままだった肉じゃがは、俺の手で冷蔵庫に仕舞われた。食べられる気がしなかった。 それから、日をまたいで翌日。 1泊2日とは言ったけれど、どのくらいの時間に帰ってくるのかは言っていなかったなと思いメールで尋ねるも返事はなく。 太陽がのぼり、また暮れるまでぼんやりと部屋で過ごす。 充電しながら携帯の待ち受けだけを見つめて、じっとなにもせずに、ソファに座っていた。 また日をまたぎ、翌日。 1泊2日くらいだと神楽は言っていたのでもしかしたら思った以上に野暮用が長引いているのかもしれないと、同じ場所で横たわりながら携帯を眺めていた。 神楽に買ってもらった携帯には、神楽以外の連絡先はない。 その神楽からの連絡もいまだ途絶えたまま。 「……」 ひとりが嫌だったら、Winstonに行くように言われていたけれど、今はただ不安とかよりは無気力に近かった。 身体に力が入らない。 冷蔵庫のものも、食べられる気がしない。 水も、取りに行くのがめんどくさい。 「……」 カチリカチリと、指だけを動かして、メールをうつ。 ーーどこにいるの? 「……」 そう打って、消して、また打って、その繰り返し。 送信ボタンは押せなかった。 なんだか、神楽はこのまま帰ってこないような気がして、それは嫌だなと思いながらも、大好きな神楽を俺の事情で巻き込んではいけないなという思いもあり、送れなかった。 寝ているのか、目を閉じていただけなのか。 長い長い時間はあっという間に過ぎていき、また日が暮れる。 寝た気はなくても、どこかで意識は途切れているような感覚があった。ぼーっとする頭の中に浮かぶのは、神楽のことばかりで。 出会って間もないのに、こんなに他人を信用して執着してしまっている自分は、なんだか笑えた。 ****** 「ーー…、」 動かない頭に、声が聞こえる。 「ヒロト、ヒロト…っ!」 「……」 ペチペチと頬を叩かれている感覚があった。 浮上した意識のまま、無意識に目を開ければ、なんだか切羽詰まったような、今まで見たことの無い神楽の顔が俺を覗き込んでいる。 「…ーー、」 声が、出なかった。 「ヒロト、俺分かる?」 「……」 喉を通る空気は音にならず、問いかけに対して小さく頷くしかない。 1週間くらいしゃべらなければ、声が出なくなるという噂は聞いたことがあったけれど、俺はそんなに声を出していなかっただろうか。 「吐き気ある?」 「……」 ない。 ふるふると、首を横に振る動作は自分で思うほど弱々しかった。そんな俺を見て、ペットボトルに入った水を口まで運んでくれる神楽に促されるまま、飲めるだけ飲んだ。 喉の乾きなど感じていなかったけれど、水分が口内に流れ込んだ瞬間、己の体がその水分すべてを吸収するかのごとく、潤っていくのを感じる。 「…か、ぐら…」 「も、ばか…っ!!」 声を出せば、泣きそうな顔で抱きしめられて、ぎゅっと回された腕は小さく震えている気がした。 それから、また俺は眠りについて。 次に目覚めた時には、また神楽が目の前にいて、作りたてらしい、おかゆを食べさせようとセッティングしていた。 「おかゆなんて初めて作ったから味の保証はできないけど、ちゃんと食べてもらうからね」 そう言われて。 神楽の手を借りてなんとかおかゆは完食し、水分をすすめられる。 いまだ現状が理解出来てない俺に、神楽は「聞きたいのはこっちだよ!!」と言っていたが帰ってきてからのことは教えてくれた。 ごちゃごちゃ言っていたのをまとめると、俺は部屋で倒れていたらしい。
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