ハルヒロ放浪記

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確かに、神楽が出かけてから何かを口にした記憶がない。 神楽が、帰ってきたのは3日目の夜らしい。帰ってきて早々ソファで寝ているかと思いきや出てから一切部屋が変わっていないことに気づき、駆け寄ってみれば俺がぐったりしているのを見つけたのだと。 恐らく脱水症状だろうと言われた。 だから起きて即水を飲まされたのかと納得。声を出させるためでは無かったのか。 「しばらくは療養ね。ほんっと、心臓に悪いよ…」 「ごめんなさい…」 出ていく前から心配かけていたのに、さらに心配させてしまった。もう神楽は俺を置いて出かけることはないだろうと確信させるほど、その顔は疲れていた。 心臓に悪いと言った言葉はそのままらしく、胸をおさえている神楽をぼんやりと見つめ、項垂れた。 神楽と出会って、結構すぐに社会の知らなさを実感したが、人は食べなかったり飲まなかったら倒れるのかと初めて知った。 そんな状況下になったことなかったから、実感したことがなかったという方が正しいか。 あまりに無知すぎる。 「まだ、頭ぼーっとする?」 「…ううん、もう大丈夫」 「そ」 なら良かったと見てわかるほどほっとする神楽。 そんな神楽に、なんと言うこともできず甘えるように抱きついた。初めて、俺から神楽に抱きついたから余程びっくりしたのだろう。 しばらく固まり、恐る恐るといった手つきで抱き締め返してくれる神楽に心底安心する。 「…寂しかった?」 「…寂しいってか、」 ーー不安、だった。 帰ってこないと思った。 二度と会えないかと思った。 なにか気に入らないことでもしてしまったかなと、色々考えた。 いない間、思っていたことをつらつら述べていれば、徐々に腕の力が強まる。囁くような問いかけに正直に答えすぎたのか、見上げ覗き見た神楽はなんだか苦しそうに目を閉じていた。 視線を神楽の胸元に戻し、深く呼吸をする。 鼻腔をくすぐる神楽の匂いはとても安心した。 「…ごめんね。もう、行かないから」 「うん…」 「ところでヒロト」 「…うん?」 「まだ復活してないとこ悪いんだけど、そろそろヒロトの事情俺にも把握させて」 その言葉は、俺の事情を含め、家のことを話せと言われているのと同じだった。 今まで、なんやかんやと聞かれることはなかったからどこかで油断していた。聞かれることは無いだろうと思ってしまっていた。 そんなわけないのに。 なんの事情も知らず、匿うのにも限界がある。 「……」 それなのに、場違いにも驚いて神楽を見上げる俺にふっと神楽は笑った。 「ヒロトを二度と傷つけないために、俺が知っておきたいんだよ」 ごめんね、と付け加えてまた抱きしめられた。見えなくなった神楽の表情。 決して、興味本位とかではない。 俺が今回、倒れたことが原因だろう。きっと、普通の人は3日間くらいひとりにされても飲まず食わずで倒れたりしない。 「…聞いて、巻き込まれるの嫌になったら俺のこと置いていっていいからね」 「それはない」 自分が傷つかないように、前もってそう言えば即答された。 「どんな事情でも、俺はヒロトをひとりにしたりしない。絶対」 「……そっか」 なら、いいか。 全部、話しても大丈夫か。 そう思っちゃうくらい、神楽の言葉は当たり前に信じられた。 「俺の家はね、嶋っていう代々続く最低最悪の家なんだよ」 そんな言葉から始まった、初めて他人に話すお家事情。そんな俺の拙いはなしを、神楽は頷きもせず、それでも抱きしめる力を緩めることもなく、黙って聞いていた。 ****** 「っ、ヒロト!!」 「神楽!?」 1ヶ月ぶりくらいにきたWinstonは、特に何も変わりなくいつものメンバーが集っていた。久しぶりな俺たちの顔を見た瞬間、ジンが俺に飛びつき、ハヤトたちがその後に続くように群がってくる。 なにをしてたんだよ、とか連絡くらいしろとか色々文句を言われながらも、俺たちは笑ってそのじゃれあいのような絡みを受け流すことしかしなかった。 こいつらには言えない。 今では、俺と神楽だけが知ってる俺の事情。 もう、これ以上誰かを巻き込みたくなかった。 神楽がいれば百人力だった。 それなのに。 「ひーちゃん!」 「ッ!?」 聞き覚えのある声とイントネーション。 背中にぶつかるような衝撃は、そのまま俺を背後から抱き込む。 「……サナ?」 冷や汗が、額に滲む。 うるさいほどの動悸が全身に響いていた。
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