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<1> 『ソウル・イーター』事件が終焉を迎えて、二ヶ月後の事だった。 事務所には、その主である新庄央と、事務アルバイトの三枝優花、そして、しがない小説家の間嶋充生という、いつもの顔触れが揃っていた。 この日、そんな代わり映えのしない新庄央探偵事務所に、懐かしい来客が訪れたのである。 「御無沙汰してます」 江田島尚志は、手土産のベルギーワッフルと共に、リビングのソファへと腰を下ろした。 「やあ江田島さん。あれから、坂口麻里亜さんのご様子はどうですか?」 通り一辺倒の社交辞令を口にする新庄だったが、その視線は江田島を捉えてはいなかった。 その視線に気付いた江田島は、小脇に抱えていた小袋を彼に差し出す。 「ああこれ、つまらない物ですが」 しかしその小袋は、新庄の手に渡る直前、三枝優花に取り上げられた。 「駄目でしょ、先生。最近また太ったんだから」 「な、何を言っている。これは、来たるべき極寒の季節に備えてだな、カロリーの温存を意図した皮下脂肪形成─」 「でぶ!」 女子高生アルバイトの放った恐るべき一言に、新庄は恐怖漫画の一コマの様な表情を浮かべて凍り付いていた。 間嶋と江田島は、このやり取りに苦笑を浮かべる。 大体、優花が言わなくとも、最近の新庄が糖分の過剰摂取気味である事は目に見えていた。 事件の無い時期は、間嶋の新作小説の添削作業に明け暮れる毎日である。 その様な単純作業の場合、彼の頭脳は殆ど回転せず、ただひたすらに、口だけが無駄にカロリーを摂取する。 そもそも、 『極寒の季節に備える』 等という台詞は、七月末に聞く物でも無い。 しかも、その台詞は『アリ』の物である。 新庄はどこからどう見ても、 『キリギリス』が相応しいと思われた。 「ところで今日は、どうされたんですか?」 キッチンの戸棚に隠されたベルギーワッフルに向かって腕を延ばし切り、真っ白に燃え尽きている新庄を完全に無視して、間嶋は江田島に聞いた。 「いや実は、先日麻里亜から相談を受けまして」 江田島尚志とは、二ヶ月前の 『ソウル・イーター』事件に於いて我々が知り合った、芸能プロダクションに勤める人物である。 話の中に出て来た、坂口麻里亜という現役女子高生モデルのマネージャーを担当している。 そんな江田島が語り出した話の内容とは、以下の通りである。
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