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<5>
やっと現われた。
その、ドアの開け方にすら傲慢さが見え隠れする人物が、やっとこの舞台に現われた。
私は、その方向を見やる事無く、その人物が誰なのかを理解する。
バッグを握り締める両手に力が入る。
ゆっくりと、私は入口方向に視線を巡らせた。
──村田隆康だった。
「あ、村田さん!」
最初に村田へと声を投げたのは、ナインボールを中断した穂波だった。
「やあ穂波ちゃん。すまないが、少し待っててくれるかい? 先に片付けなきゃならない打ち合わせが残ってるんだ」
穂波は従順にそれに応え、笑顔で村田を見送る。
その様子を、彼女の背後で不満そうな表情を浮かべて佇む坂本少年。
村田はその様子には気付かずに、私のいるカウンターへと一直線に進んで来た。
私は、凶器が納められたハンドバッグを両手で握り直す。
いつでもいい。
村田が隙を見せる様ならば、私は彼にこの凶器を突き立ててやる。
周りに沢山の目撃者がいたとしても構わない。
……私は彼を殺して、自分もその場で自らの生命を絶つ覚悟でいるのだから。
村田は、私と目を合わせると、口許に下卑た笑いを浮かべて軽く右手を上げた。
私はその仕草に対して何の反応も返さず、きっとした目線だけを村田に送る。
彼は、ちらりと石橋の背中に一瞥を送り、その存在を無視する様に私へと声を投げた。
「よう友理絵。やっぱり来てくれたんだな」
馴々しい口調でそう言うと、村田は私と石橋の間の席に、乱暴に腰を下ろす。
石橋の身体に、村田の身体が激しく接触する。
それにより、石橋は口に運び掛けていた珈琲を零した。
がたっという、椅子の脚が床を擦る物音が鈍く店内に響き、石橋は村田の背中に向かって憎悪に満ちた視線を送る。
それに気付いてか知らずか、村田はさらに口から毒を吐く。
「なかなかいい店の雰囲気だが、何処からか犬の臭いが漂ってくるな。社会の仕組みに吠え付いて痛い目にあった、負け犬の臭いか? こりゃあ」
村田はさらに下品に笑い、店員に向かって瓶ビールを注文した。
石橋はひとしきりその場に立ち尽くしていたが、やがて静かに場所を移動し、私の席から一番離れた左端の席へと腰を下ろす。
私は、この一連の出来事に激しい嫌悪を感じた。
それも、村田に対して抱く物以上に、背中を丸める石橋に対してそれを感じた。
別に石橋が悪い訳では無い。それは判ってはいるのだが。
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