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「実は、この店のマスターもアルビノなんだぜ。だから、店の名前も
『アルビノ・アリゲーター』
なんて、粋な名前になってるしな」
ああ……。
「まあ尤も、マスターへの出演依頼は今の所断られてるんだけどさ。何とかするつもりではいる」
……何て事だ。
「実はもう一人アルビノのモデルがいたんだが──」
私と村田のすぐ脇を、大きなパネルを携えたツナギの青年が通り過ぎる。
一瞬、彼が村田に視線を送った様に見えた。
村田もそれに気付き、言葉を切る。
そのまま青年は持ち場に戻り、何やら作業を再開した。
村田は、言葉を切ったまま彼の方を見続けている。
正常な思考が回復しない私は、いつしか右手をバッグの中から出していた。
村田は、何かを思い出そうとしているかの様に、作業中の彼に視線を送り続けている。途中で切った言葉の続きを再開する気配は、まだ見られない。
私は一度、大きく深呼吸をした。
落ち着け。
落ち着くのだ。
以前から、村田はこのテレビ番組の企画を私に持ち掛けてきていた。
『アルビノ』という、先天的な障害を持った私達に対する世間一般の認知度は、極めて低い。
それが、メディアを通して全国に告知される事は、決して悪い事では無い。
元々、村田はそういった企画をきっかけにして、私に接触して来ていた。
だが、その企画自体はいつまで経っても進行される事は無く、ただ悪戯に男女の褥を交わす事が繰り返されただけであった。
その日々を、私はいつしか不毛に感じ、村田を問い詰めた。その私に対し、村田は言い放ったのだ。
『女の悦びを知っただけでも有り難く思え』と。
その鋭利な言葉は私の心を抉り、その時に負った心の傷は、いつしか殺意へと変貌を遂げる。
しかし。
村田は、水面下で企画を進行していた様だった。
それを考えると、私は自分が抱いていた確固たる殺意が滑稽な物に思えて来る。
だからといって、彼が私に放った言葉を許せはしない。
だが、彼が私の身体を興味本位で求めていただけでは無かったのだと思うと、『殺意』という感情自体は希薄にならざるを得ない。
男女間の痴話喧嘩。
その先に生まれた、売り言葉に買い言葉。
確かに村田は酷い言葉を私に吐いた。
だが、その前に私自身も、彼に対して痛烈な言葉を吐いていたのでは無いだろうか。
……お互い様ではないか。
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