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坂本少年の背中を見送って、石橋がさらに言葉を繋いだ。
「小鳥遊さん、とにかくそういう事だから。くれぐれも、奴の事は信用しない方がいい」
それだけ言うと、石橋は元の自分の席へと戻った。
石橋の言いたい事は解った。今回の番組企画に於いて、彼の妹に対しての打診らしき物が村田からあり、それに伴って彼等の間に意見の食い違いが生まれたのであろう。
村田もついさっき口にしていた。
『もう一人アルビノのモデルがいたんだが』と。
恐らくそれが、石橋の妹なのだろう。
後は、坂本少年の言葉である。彼が言う、村田が穂波に対してした行為という物が明らかでは無い。だが、その事自体が起因して、坂本少年自体が今回の番組企画に対して興味を持っていない事実は解った。
……しかし。
私自身としては、その番組に対して前向きに考えたいと思っている。
その話を聞いて、あれ程強く決意していた殺意自体は、もうどうでも良くなっていた。村田に対する嫌悪感は変わらずあるが、彼を殺して自分も死ぬという想いは、もはや私の中には残っていなかった。
私は、殆ど氷が溶けてしまったモスコミュールに口を付け、再び村田の背中へと視線を送った。
と同時に、店内に響き渡る程の叫び声が飛んで来た。
「しつっこいなあアンタも! 人違いだっつってんだろ!」
「わ、解った解った、大声出すなよ。俺の勘違いだった様だ。悪かったな」
ツナギの男に怒鳴られて、村田は彼に背中を向ける。その背中を、彼が突き飛ばす。
村田はその拍子に私の方へ二、三歩よろけ進んだ。
村田はちっと舌打ちをしながら彼を睨み返したが、それ以上食ってかかりはしなかった。
私はツナギの男を改めて見やる。
……確かに、見覚えがある気がする。
一瞬目が合うが、彼は額辺りに位置していたゴーグルを下ろし、私からの視線を拒否した。そのまま彼は床に散らばる工具類の片付けに入ったので、私は村田へと視線を戻した。
村田は彼を誰と間違えたのだろう。それを聞いてみようと口を開きかけたが、丁度店員が村田に声を掛けた所だった。
「大変申し訳ありません。お怪我はありませんでしたか?」
店員は、先程の彼が村田を突き飛ばした事を詫びている様だった。
「ん? ああいや、別に気にせんでくれ。それよりもビールだ。良く冷えた奴を頼む」
「かしこまりました。ではこれは、店からの奢りです」
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