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ふと気になって、私はトイレのドアを見やった。
先程、少し開いていたそのドアは、再び何事も無かった様にぴたりと閉じられている。
誰かが、中にいるのは間違い無い筈だ。
私は、ふっと息を吐いた。
「言いたい事は終わったのか」
村田が言う。
「……とにかく、私は貴方の番組に協力するわ。だけど、貴方は少し、自分の行動を戒める必要がある──」
「何様のつもりだ?」
村田の、低く唸る様な声が私の言葉を遮った。
「俺がどの女を抱こうがお前らに関係は無い。まして、芸能界に出たいからと言って、自ら股を開く女なんざ、ごまんといるんだ」
がたんと椅子が倒れる音がする。
立ち上がった少年と、彼の腕を掴む少女。
「偽善に満ちた綺麗事を並べて俺に食ってかかる輩だってそうだ。最初は乗り気で企画に参加してた癖によ! かなりの金が動く事を分かってて、その配分が少ないからと言って文句を言い出したのは、お前さんだよなあ? 石橋よ!」
石橋は、びくんと身体を震わせるだけで、顔は伏せたままだった。
「要は金だろうが。口では綺麗事を並べているが、お前だって金が欲しくて股を開いたんだろ? なあ、友理絵」
びくりと私の身体が跳ねる。
「俺だってなあ、ここまでの金が動く企画じゃあ無かったら、お前みたいな白い化け物女、好き好んで抱くかよ」
ぷつんと、何かが切れた。
私は、自分でも恐ろしくなる程の声を上げて、村田に飛び掛かった。
しかし次の瞬間、私の身体は村田に突き飛ばされていた。
サングラスが外れ、勢い余り、私は自分がかけていたスツールにぶつかる。
右手が、自分のバッグに触れた。
振り向き、私は村田を睨み付ける。
店内の照明がやたらと眩しく、私の目を突き刺す。
「女なんざ、間に合ってるってんだ」
激情が全身を貫く。
村田が背後を振り返り、石橋に声をかける。
「石橋ぃ。お前の妹も、なかなかのお味だったぜぇ」
けらけらと、下卑た笑いが店内に木霊した。
石橋が、全くの無表情で立ち上がった。
「お、何だ。やるってぇのか」
「お客さん!」
私がバッグの中に右手を入れた瞬間、すぐ側で怒声が響く。
声を上げたのは店員だった。
「な、何だよ」
「これ以上はもうお止め下さい。貴方の言動は、他のお客様にとってこの上無く不利益な様です。どうかお引取りを」
「ふざけんな!」
村田が私のすぐ側まで近寄り、カウンター越しに店員の胸倉を掴んだ。
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