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…
…納屋の奥の暗がりから何か大きな物が運び出されて来ました…
…それは、お勝手の土間に積んであるのを見たことがある空き樽でした。
…毎年、お正月が近づくと届くその樽に入っている物はあの気味の悪い酢蛸…
それは酢蛸の空き樽だったのです。私はお祖母さまが何をお考えになっているのかに気づき背筋が凍りました。
「ひぃぃっ、ううっううっ…」
お屋敷では暮れになると毎年、小作人や付き合いのある村の人たちに正月の支度の品を配るのです。酢蛸もその中のひとつですので樽と云っても三斗も入る大きな物なのです…
私がこんな窮屈なかたちに縛り直されたわけにも思い至りました…
でも、そんな…
「こんな強情な鬼っ子は余程のことをしなければ懲りないよ…」
お伯母さまたちの手で土間の真ん中に子供ひとりまるごと入る大きな樽が据えられました。
「辰さん、縄は弛んでないね。」
「へい。奥様」
高々と持ち上げられた瞬間、樽の中が見えました…そう思った次の瞬間には私はもう樽の中に横倒しに入れられていました。私は渾身の力で身悶えしました。けれどがっちり喰いこんだ縄はびくともせず手首すらも動かせません。ああ、もういい子にしますからどうかここから出してください…
しかし…
「蓋は用意してあるね。」
ああ、やはりお祖母さまはそのおつもりなのです。
「うううっ、むううううっ…」
その瞬間、顔に冷たいものがかかり次の瞬間目に鋭い痛みが…
息を吸い込んだ瞬間むせて息ができなくなりました。
酢を浴びせられたのだと気がついた時にはもう体中が酢にまみれていました。
「こんな言うことを聞かない鬼っ子でもしばらく酢に漬けておけば灰汁が抜けて素直になるかねぇ」
…そう言いながらお祖母さまは酢を浴びせ続けます。さっきの瓶が全部、このために用意された酢だったのです。
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