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摩ったばかりのみずみずしい墨の香りに、父上様が私の文を見たいと言います。 「それが‥お兄様の手に有って‥」 仲の良い様子ではない父上様とお兄様 「では、琴を聴かせなさい」 私は女房に指示して琴の準備をしました。 「帝が姫を早く見たいと申してるが‥ できうる限り姫に恥をかかせたくはないのでな」 「お気遣い有り難く存じ上げます 父上様のお望み通りになると良いのですが‥」 父上様の返事を聞く前に、琴の準備が整い私は演奏を始めました お兄様は墨を置いた机から微動だにしません。 不思議に思いながら、一生懸命琴を演奏しました。 途中から二つの視線を痛い程感じます 一つは冷たく見定める鋭い瞳。 ――父上様のもの 一つは熱く焦がれる様な瞳。 ――お兄様のもの 二つの温度差に震えないよう気を付けながら、短い曲を演奏しました その後、貝合わせや碁、お香の嗅ぎ分けや和歌の読み合わせなど、女人の嗜みを一通り父上様とお相手しました。 「ふむ この期間でこの手前、紫苑の手ほどきは確かであったな。 帝にお伝え申して、早めに女御に出そうかな」 お兄様は息を飲みました 「姫は御所に上がるまで、更に教養を磨きなさい 紫苑。 お前はもう、姫には近付くな。 これからは姫に女房達をずっと付ける。 お前はお前の事を考えなさい」 お兄様と似た、 けれどもお兄様よりも大人で雅やかな父上様は お兄様を見下して、私の部屋を後にしました     
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