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相当ショックだったのだろう司さんはソファにガクリと座り込みコマチから宥められている。
「そうだ司さん、もうそろそろで情熱大国が始まりますよ」
情熱大国は司さんの大好きなドキュメンタリー番組だ。
「え?もうそんな時間?美咲急いでテレビをつけてくれ」
なんだか機嫌がなおったみたいだ。
「今日は確か“世界を震撼させたパティシエ特集”でした」
「本当か?」
先程とは打って変わってのイキイキした笑顔にコマチも嬉しそうに笑っていた。
テレビをつけるとすでに番組は始まっていてパリの街並みが映され、ナレーションが入る。
なんだか嫌な予感がするのは気のせいか……。
『今このパリに世界を震撼させる日本の誇る天才女性パティシエがいる』
司さんと私はテレビの前で固まってしまった。
(天才女性パティシエ?)
『そう、彼女の名前は三嶋麗香。若くしてパリ一等地に店を構え亡き父の後を継ぎ、いまもなお女手一人この有名パティスリーを支えている』
「……」
「……」
「きゃっきゃきゃっきゃ」
ドアップで液晶画面に三嶋麗香の元気そうな顔が映り私たちはポカーンと口を開けて見ていた。
((やっぱり……))
恐らく今この瞬間、私は司さんとかなりの確率で心の声がシンクロしただろう。
『何故父の後を継ごうと思ったの?』
リポーターがカフェの席に座る三嶋麗香へ質問をぶつけた。
「はじめは嫌で仕方がなかったんだけど、ある人の一言が効いちゃったみたい」
相変わらずの営業スマイルに私は思わず引き笑いをしてしまった。
『ある人とはまさか、今交際中の某起業家のKさんですか?』
(!!!?)
「フフ、内緒です」
(え?恋人?起業家のKさん?どういうこと?)
リポーターの意味深な質問と三嶋の答えに私は──いや、司さんも疑問符が浮かんでいるはずだ。
番組が終わった後はなんだかな何十年分の精気を吸われたような倦怠感に見舞われてしまった。
「美咲寝ましょうか」
司さんの顔が心無しゲッソリして見えるのは気のせいなのか。
「そうですね司さん」
私達はその後も“名前を言ってはいけないあの人”のことは口に出すことなく静かに就寝した。
三嶋麗香の恋人疑惑は後々明白になることだろう。
それは近い未来なのかもしれない。
(起業家K……まさかね)
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