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私はコマチが起きないよう静かに玄関へ行き司さんを出迎えた。
「ただいま、美咲」
「……お帰りなさい」
司さんは玄関に上がると訝しげな表情で私の顔を覗いた。
「どうしたの?そんな怖い顔して」
「してません!」
私は鞄を受け取り踵を返した。
「ひょっとして、やきもち?」
ストレートに図星を突かれ不意に足を止めてしまった。
「やっぱり」
すると司さんは得意げに笑い私をギュッと抱きしめた。
「美咲のことだ、どうせ“デレデレして最低”とか思っていたんだろ?」
見事、心中を見抜かれ私は全身からぶわっと汗が噴き出た。
「嫌な思いさせて悪かった、あの場はあーするしかなかったんだ、許してくれ」
そう言うと司さんは耳元にそっとキスをする。
こんなことをされてしまうと単純な私は簡単に司さんを許してしまう傾向がある。
そんな自分に落胆してしまった。
「じゃあ許す代わりに私のお願いを聞いてくれますか?」
すると私の申し出に司さんはピタリと動きを止めた。
「美咲からのお願いだなんて珍しいなぁ、何だい?言ってごらん」
私は抱きしめられている腕をするりと解き司さんと向き合う体勢をとった。
「私、司さんと二人っきりで温泉旅行に行きたいです」
「え!?」
司さんは私の言葉に目を丸くした。
「二人っきりでって……コマチはどうするの?」
「それは──」
実は番組が終わった後、黒木さんの奥さんとこんなやり取りがあった。
『美咲さん、学さんから聞いた話しによると、今月結婚記念日だそうですね?』
『は、はい、……そうですけど』
(黒木さん、よくおぼえていたなぁ)
『いえ、それがですね、学さんと話しをしていたんですが、』
『はい』
『その、余計なお世話かもしれませんが、この二号店オープン前の長期休暇中に私どもがコマチちゃんを預かり、二人ゆっくり旅行なんて行かれてはみてはどうかと、そう話していたのです』
『え、そんな!お気持ちはありがたいのですが──』
『お二人はまだ新婚旅行もまだなんでしょ?』
『はい、実は、……なかなか機会がなく』
『じゃあ、なおさらです!二号店オープンしてからではこんないい機会訪れてこないかもしれませんよ。行くのであれば、今が絶好のチャンスです』
私は“結婚記念日”という言葉を伏せ、そう司さんに説明した。
すると。
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