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「ただいま」
そう言うと、司さんは靴を脱ぎ玄関を上がる。
私も黙っていつものように司さんの鞄を受け取った。
「コマチは?」
司さんは電話のことも旅行のことも触れず真っ先一番にコマチのことを聞いてきた。
何故か胸がズキッと痛む。
「コマチは今ミルクを飲んで一眠りしています」
「そう、じゃ先にお風呂に入るね」
最近思うことがある、それは、司さんが私に対してそっけないということ。
仕事が忙しいことは十分承知しているし、お店が一つ増え責任も倍になり負担も前以上になったことも分かっている。
電話がかかって来なかったことも、司さんは忙しかったからかけなおせなかったんだろうと、そう私なりの解釈していた。
そうは思うがやっぱり──納得が行かない私がいる。
私は手にキュッと力をいれ口を開いた。
「あの、司さん、どうして電話くれなかったんですか?私、待っていたんですよ」
すると司さんは浴室の扉を開ける寸前に私の方を振り返った。
「あ、そうだった!すまない、忘れていたよ」
(忘れていた……)
その言葉が私の胸を一瞬にしてビリビリに引き裂いた。
けれど、ここで取り乱すのはみっともないと思い懸命に口に力を入れた。
「あはは、司さんったら、忘れっぽいですねー今度はちゃんと覚えていて下さいよ」
仕事だから仕方がなかったんだよ、と自分に言い聞かせ、笑って私はリビングに向かった。
今は旅行だけが私の唯一の楽しみで、その旅行の準備する時が何よりも一番楽しい。
それに集中していればさっきの言葉も悲しくはなかった。
(簡単に片付けられちゃったな……)
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