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「お客さん着きましたよ」
「……ん」
私はどれくらい眠っていたのだろう、運転手に声を掛けられ目を覚ませば辺りは大きな旅館の前だった。
「あっ!!すみません」
頭がぼやっとしたまま私は料金を払いタクシーを降りた。
運転手はやれやれというような表情を浮かばせながらトランクに積んでいたキャリーバッグを降ろしてくれる。
「せっかくここまで来たんだ、嫌なことなんか忘れてゆっくり羽を伸ばすといいよ」
「え……」
思いがけない運転手の言葉に私はなんだか救われた気がした。
「ありがとうございます」
そう告げると運転手は微笑みながらタクシーに乗り込みこの場から去って行った。
(そうだよね!この際楽しんじゃお!)
ゆっくり寝たおかげか、この緑あふれる景色のおかげか、私の今の気持ちは不思議ととても晴れやかだった。
「しろがね荘へようこそおいで下さいました」
ふと後ろから落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
ゆっくり振り向くとそこには藤色の着物を着た笑顔が素敵な女性と仲居さんのような若い女性が私を出迎えてくれていた。
「女将の渡邊でございます」
(女将さんかぁ、すごい、いい人そうだな)
私はそのまま二人に案内されフロントに向かいチェックインを済ませた。
「では、お部屋の方へ案内させていただきます」
どうやらここからは仲居さんが私を部屋まで案内してくれるようだ。
しかし、私はここを去る前に女将さんに一つ言わないといけなかったことがあった。
「あの、予定では夫が来る予定だったんですが仕事の都合これなくなってしまって――」
「結構ですよ、ではお食事は奥さまの分のみお部屋に運ばせて頂きます」
「ありがとうございます」
本当は来る途中で旅館側に言っておくべきだったけど、つい居眠りをしてしまって報告が遅れてしまった。
そんな急な私の申し出も女将さんは終始笑顔で応諾してくれた。
それから私は、優しい女将さんのもとを離れ仲居さんに案内されながら客室へ向かった。
(うわ、素敵)
畳敷きの奥ゆかしい回廊から庭園を眺めながら足を進めていき、暫くすると離れの客室へ到着した。
「こちらがサクラの間でございます」
扉を開ける前から私の胸は高鳴っていた。
そして、仲居さんが静かに襖を引く。
次の瞬間私は目の前の光景に思わず息をのんだ。
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