661人が本棚に入れています
本棚に追加
「ね、ゲンちゃん」
「あ!?」
いきなり話しかけられて、青木源二郎は、思わず大声で返してしまった。
クラスのみんなが、こちらを見る。
知らない顔も多いし、ちょっとだけ恥ずかしくなって、源二郎は頬に熱を感じた。
「……すんません」
軽く頭を下げると、左隣に座る女を睨む源二郎。
元はと言えば話しかけてきたコイツが悪い、と思っているのである。
「ゲンちゃん?」
などと間抜けた声で言ってくるこの少女は、源二郎の幼なじみ、結希だ。
苗字は、非常に難しい漢字であるので、なかなか人には覚えてもらえない。
で、その結希が言う。
「ゲンちゃん。作文、書き直しなよ」
「あん?」
「だって、先生が見るんだよ?そんなふざけた書き方じゃダメだよ」
言われて、源二郎は、机の上の原稿用紙に目を向けてみる。
たしかに、彼女の言うとおり、一見ふざけた書き方かもしれない。そこには平仮名のみで彩られた文面が広がっているのだから。なにしろ、このほうが漢字を交えるより文字数が稼げるのである。
中学校生活における初の課題、作文。その作業に課せられた条件が「原稿用紙十枚分」だった。
誰でも分かるであろうが、明らかに多い。そうでもなければ、こんな手の込んだズルをする源二郎ではない。
だから、口出ししてきた結希にイラつきもする。
「お前は勝手に人の作文見てんじゃねーよ」
彼女は、言い訳がましく応える。
「だって、目に入ったんだもん」
「次見たら殴るかんな」
「それは、やだよ……ゲンちゃん」
眉をひそめる彼女を見て、源二郎は、チッと舌を打つ。「ゲンちゃん」はそろそろやめてほしかった。
最初のコメントを投稿しよう!