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――正義の味方。
そういう存在に憧れている奴がいた。
いた…といっても、別にそいつが死んだ訳ではない。
なんたって、正義の味方だなんて子供染みた理想を掲げているのは俺の祖父なのだ。
馬鹿なことだ、と思う。
そんなご都合主義な存在がこの世で確立されるはずがないのだから…。
そう、有り得ない。
あらゆる厄災から一歩も引かずに、あらゆる人々を平等に救えるであろう誰か。
この世の中、何かの犠牲なしに成り立つはずなどない。
つまり、祖父さんが夢見ている物は、叶うはずもない理想だった…。
だってのに、祖父さんは。
士郎『知ってるよ。でもな、儂は託されたんだ』
なんて満面の笑顔で言って、その手に陰陽具現の双剣を造り上げた。
陽剣干将・陰剣莫耶…。
今まで祖父さんが愛用してきた、武器である。
士郎『それににな、儂は今まで色んな物を落として、無くしてきたんだ。――その無くした物達の為にも、今の自分を曲げることなど出来んよ』
なぜ、祖父さんがそこまで頑なになるのか……俺には分からない。
けれど、そう言った祖父さんの表情は今でもハッキリと覚えている。
喜びとやる気に満ち溢れたその表情。
きっと、祖父さんは未だに夢の直中に立っているのだ。
なら、俺が祖父さんにしてやれる事は一つだ。
色『じゃあ、俺が手伝ってやるよ』
士郎『――は?』
色『うん。俺の方が魔術師としては優秀だし……それに』
驚く祖父さんの目を見て、はっきりと告げた。
色『一人よりも二人のが楽だろ?』
士郎『色……お前』
色『な?それなら祖父さんも楽できて寂しくないだろ?』
一石二鳥。まさに妙案だと言わんばかりに祖父さんに笑いかける俺の姿は、果たして彼の瞳にはどう映ったのだろう?
それを知る術はないけれど…。
祖父さんはただ一言だけ……虚空に浮かぶ月を見上げて。
士郎『やめておけ』
そう言ったのだった。
自らが目指した夢を俺に追ってほしくはないと――。
同じ道を絶対に歩くなと、その瞳は語っていた。
士郎『正義の味方なんてのはな……ただの道具なんだよ…』
そう、最後に寂しげに呟いた彼の表情を、俺はずっと忘れないだろう…。
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