二人

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ちょうどその頃、牙們はひとりで月を眺めていた。 先程まで薄い雲に隠れていたのだが、今はまんまるの月が顔を出している。 鈴虫や松虫の声が響きわたり、風がすすきを揺らし、渡っていく。 「隣に座ってもよいか?」 澄んだ声に振り返ると、凜が立っていた。 よく見てみると着物が質素になっている。 「その着物…」 牙們は目を丸くして聞いた。 「ああ、あの着物はとても動きにくいのじゃ。せっかく太一らに教わったトンボ捕りも、あれではできぬ」 凜は人差し指をくるくる回してトンボを捕る時の真似をした。 凜の頓着のなさと、トンボ捕りの仕草がおかしくて牙們は吹き出した。 「なーにを笑っておる!」 凜は頬に空気をため、膨れっ面になったが、牙們と目が合うと、こちらまでおかしくなり、けらけらと笑った。 「それにしても、今日の月は一段と綺麗じゃ。満月であろう?」 凜が言うと、牙們は小さく〝ああ〝と応え、二人は空を仰いだ。 「私が幼い頃、よく母上とこのように月を見た。」 病気がちで早くに亡くなった母を思いながら、凜は話しはじめた。母がしてくれた沢山の話。教えてくれた楽しい遊び。いろんな話を牙們にした。牙們は月を見上げる凜の横顔を見て、微笑みながら話を聞いた。 「優しいお袋さんだったんだろうな」 牙們の言葉に凜は嬉しそうに頷いた。 「とても優しくて美しい人だった。父上からも深く愛されていたそうだ。」 凜はおどけながら、父の口真似をしてみせた。しかし牙們が優しい目で凜の目を覗いたので、戸惑いはぐらかすように話を変えた。 「牙們のお父上とお母上は?」 牙們は目を細めて、月を眺めた。 「俺には親父もお袋もいねぇよ。気づいたらこの里で暮らしてた。」 牙們の寂しそうな横顔に、悪いことを聞いたような気持ちになり、凜の心はちくりと傷んだ。
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