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そんな時、怪しげな黒い影が少年の背後からゆっくり近づいてきた。少年はそれに気付くはずもない。その大きな影が少年の細い肩に手を置いた時の驚き様と言ったら想像できるだろう。
もののけにも、獣にも劣らないような叫び声が山の中に轟いた。
「……なんだ、今のは」
少しかすれた低い声の主は少年がお頭と慕っている男で牙們(がもん)といった。
少年は嬉しさのあまり牙們に飛びついた。今までの不安はすべてかき消されふっとんだ。
牙們は首にしがみついてきた少年をぴらりとひっぱがしたので、どすんと尻餅をついた。
「風太…みんな心配しとったぞ」
少年は尻をさすりながら牙們を見上げた。しかし少しすねたようにうつむいた。
みんな心配してたなんて嘘だ。どうせまた風太は腑抜け野郎だって馬鹿にしてたんだろう…
牙們はその気持ちを察したのかかがんで風太の頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。
「彦造なんかなあ~いつもああやって言うがお前のこと本当の息子みたいに思ってんだぞー。
風太には立派な男になって欲しいと言っとった。分かってやれ」
そう言って微笑む牙們を見て風太もつられて笑った。
「さあてと、そろそろ帰るか」
牙們は風太が抱えていた荷を軽々と背負い先を歩こうとした。
「あ、お頭…あそこに」風太はさっきの美しい女のほうを指差した。
牙們は不思議そうに風太の指が指すほうを見、近づいていった。
それは牙們も今まで見たことのない程美しい女だった。着物からしても相当位が高いのだろう。
牙們はまるで、幻でも見ているかのような気持ちになり、女に見とれてしまった。
「綺麗な人だよなあ…」
風太も牙們の後ろに隠れるように女を眺めた。
「だけどあれだよなあ、こんな女連れて帰っても面倒だろうし、第一お頭は興味なんてない…」
風太が言い終わらぬ間に牙們はもう一方の肩に女を担ぎ上げ、先を歩いていた。
「風太!早く来い!また迷っちまうぞ!」
風太はしばし唖然としていたが、そそくさと牙們のあとを追った。
白い月が明々と照らす夜のことであった。
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