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「ちょ…、っ」
ドキリと心臓が跳ねた。煩く主張する心臓をおさえるのには時間がかかった。おさまるまで喉の奥で詰まったような声しか出なかった。
自分の食べかけだったそれが、彼の口に入った、たった、これだけの事なのに。
彼とのディープキスを思い出してしまった。
あの日は確か、僕の誕生日で、彼がコンビニで買ってきた安いショートケーキを、口移しで食べさせてもらった時だ。
まるで恋人同士がするようなそれで。
嗚呼、女々しい。なんて自分は乙女なんだろう。
「ちょっと、食べないんじゃなかったの?みっちゃん固まってるよ」
友達にパンをとられたのに憤りもせず暫く凍結している僕を、五月ちゃんは不自然に思わなかったのだろうか?
「食べたくなったから、貰っただけだよ」
「貰ったって言うより、盗った、のほうがあってるんじゃない?」
クスリ、五月ちゃんがその健康的な朱色の唇に指先を添えて微笑する。
絵に描いたような美しさで、それに偽りは見られない。
これだから、彼女を嫌いになれないのだ。
彼女はいつも、真実の中にいる。
「な?良いだろ、みつ」
「…え?あ、ああ。うん」
自分の考えに耽っていて、少し反応が遅れてしまった。しゃんとしなければ。
「なんだよ、五月に見惚れてたのか?五月はあげないぞ」
「ちょっと、巡ったら」
冗談混じりの巡の発言が、僕の心に小さな、それでも一生治ることなどないであろう傷を付けた。
良いんだ、これが、あなたを愛している証だから。
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