第一章

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--1--  内村尚志は一人、院生室で自前のノートパソコンの画面を睨んで、ため息をついていた。画面には砂時計のまま動かないカーソルと、“応答なし”と表示されたエクセル画面が映し出されている。所謂、フリーズ状態だ。 「またかよ……」  この日五度目のフリーズである。いい加減、尚志の苛々はピークに達していた。強制終了をし、再起動させて、消えたデータを打ち直す。これのせいで、いっこうに論文が進まない。  このパソコンは尚志が高校生の時に買ったもので、もう七年以上使用している愛機だ。モデルチェンジの早いIT業界では、この機種はアンティークになりかけている。しかし、今の尚志には買い替える時間的余裕も、金銭的余裕もなかった。  今年の春、尚志はT農業大学大学院へ進学した。と言っても、四年間通った大学の院であるため、環境は差ほど変わらない。ただ、学部時代よりも大学にいる時間は増えた。そのため、週四日以上入っていたバイトのシフトを半分に減らした。収入は激減である。 「生協でも行ってくるか」  座ったまま、両腕をあげて、のけ反るようにのびをしてから尚志は立ち上がった。気がつけば午後二時。昼食を取り忘れていた。ゼンマイの切れかかった人形のようにのろのろとドアまで行き、ドアノブを掴んだ瞬間、勢いよくドアが開いた。
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