球技祭の憂鬱

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「何か思い出した?」 と舞野は言った。 そう、僕は三週間前の金曜から四日前までの約二週間分の記憶が混乱している。 特に四日前、病院で目を覚ますまでの9日間程は記憶がない、と言ってしまってもいい。 しかしそんな自覚は僕には無く、ただ授業を受けた覚えはないのに授業で進む教科書のページ数が少し進んでいて、席が1番後ろに変わっているだけ、といった感じだ。 家の外に倒れていた僕を病院に運んだのは仁さんだ。 僕の家の元居候で、学生時代は父に世話になったという。 しかし看護士の話によると僕が目を覚ます数時間前から姿を見なかったらしい。 そのタイミングで藤代仁は姿を消したのだ。 何も言わず、 父と同じように。 倒れた原因は不明で、精密検査の結果も特に異常はなかったが、激しい頭痛と吐き気、軽い脱水症状が出ていたため目を覚ましてから二日間入院した。 それから家に帰るとバイクが見つからず、家中が荒らされていて、パソコンは本体はもちろん外付けのハードディスクからケーブルにいたるまで全てゴッソリ盗まれており、 地下室の引き出しの底裏に隠しておいたハッキングソフトまでが無くなっていた。 父の部屋のパソコンは古い機種だったためか盗まれてはいなかったが通帳と印鑑が入った金庫がなくなっていて、 つまり僕は生活費を失った。 僕の通帳と、家中からかき集めた現金は合わせて100万円ほどで、 これからはそれだけで生活していかなくてはならない。 「特に何も」 と言って僕は一度首を横に振った。 何度か思い出そうとしてみたが、引っ掛かりのようなものさえ感じる事ができなかったし、正直それどころではない。 記憶がない、というのは気持ちが悪いものではあったが、 広い田畑とアイガモの世話を引き受けてくれていた仁さんがいなくなったことで、収入源を失った僕は学校をやめる事も視野に入れているのだ。 国からの保障が少しはあるとはいえ父の残したお金も盗まれてしまったし(完全に僕が甘かった) 何かしないと生きていくことさえできないのだから。
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