球技祭の憂鬱

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「気にならない?」 と舞野は言った。 「もちろん気にはなるけど、忘れてるものは仕方ない」 それより、と言おうとしてやめた。 これからの事を考えなくちゃならない、と言ったところで彼女にできることはないし、生活費がない、なんて言ったところで困惑させるだけだろう。 「…多分、通り過ぎるもの、だったんだよ」 と舞野は言った。 通り過ぎるもの? 「どういう事?」 「世の中には大きくわけて通り過ぎるものと残るものがあると思うの。 寂しいかもしれないけど、雄梧君の二週間は通り過ぎるもの、だったの」 「…寂しくはないよ。気持ち悪いけど」 舞野の話は時々よくわからない。 正しい気もするし間違っている気もする。 面白い時もあるしつまらない時もある。 けどそんなものだろう。 僕の話はただつまらないだろうし、それに比べたら遥かにマシだ。 僕は舞野と話をしながら仁さんの事を考えた。 預金はすでに全額引き落とされていた。 被害届けは出したが、おそらく戻ってはこないだろう。 犯人は仁さんだろうか。 単純に考えればそういう事になる。 地下室の存在は秘密にしていたが、さすがに4年も住んでいれば気付いてもおかしくはないだろうし、たまたま盗みに入ったにしては大掛かりすぎる。 金庫は部屋に固定していたし、パソコンを3台にバイクまで盗むなんて空き巣どころの話ではない。 しかし、いまさら盗んだ金を返してくれなんて言うつもりも彼を責めるつもりもない。 むしろ一言、感謝の言葉を伝えたかった。 けれど、それももういい。 舞野風にいうなら仁さんは通り過ぎるものだったのだ。 それよりこれからの事を、本気で考えなくてはならない。 父が失踪した時に考えるべきだった事が、4年延びたというだけの事だが。
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