古事記の間。

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つまり、当時の人々は大国主を奉る出雲大社を、仏教よりも天皇よりも大切にしていた事が伺えます。 一体これは何を意味しているのでしょうか? 話を一旦「国譲り」へと戻しますが、古事記の記述によると、アマテラスは地上界は大国主が治めるのではなく、自分が治めるべきだと主張し、自らの子を派遣し、大国主に国の譲渡を迫り、大国主の一人の子は反対しますが、大まかには話し合いで国譲りは解決してしまい、極めて平和的な話としてまとめられています。 しかし、これは明らかに史実とは反している記述だと思います。 実際には話し合いでなく、大規模な戦争があったのは間違いないでしょう。 では、なぜ古事記は戦争という血塗られた史実を隠し、平和的な記述をしたか?と考えると、これは推測に過ぎませんが、天皇家が国を治める事の正当性を強調する為だと思います。 つまり、戦争をして大国主から国を奪ってしまえば略奪という事になってしまいますが、「国を譲るかどうか?」という詰問形式にすれば、話し合いにより相手も納得の上解決した事になり、より正当性が増すと思います。 この古事記の根底には、何事にも話し合いを重んじる「和の精神」もあると思います。 そもそも、古事記における大国主は人望もあり、スサノオの進言により国をまとめあげる程の実力を有しており、ここまでの大人物が素直に国を譲ったとは考えられないし、日本の歴史上そんな話は他に聞いた事がありません。 また、読んでいた本に「タケミカズチが海に剣を突き立て、その上にあぐらをかく姿は、暗に大国主の殺害を意味しており、大国主を詰問していた時点で、すでに大国主は殺されていた」と書いてありましたが、自分も全くその通りだと思います。 個人的には、この大国主は戦死というよりも、暗殺されたと思っています。 というのも、大国主が古代最高の建造物である出雲大社に奉られているにはそれなりの理由があると思います。 普通に考えるならば、建造物の規模というのは権威の象徴でもあるので、敗者である大国主が日本最高の建造物に奉られるのは明らかに不自然であり、アマテラスが奉られている伊勢神宮よりも建造物が高いというのは、かなり異常な事だと思います。
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