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「申し訳ありません。私があの時、しっかりとお止めしていれば―――」
立脇に皆まで言わせず、秋人は首を振った。
止める事など、誰にも出来はしなかったのだ。
その場にいた自分でさえ、彼女を留め置く事は出来なかった。
『――さよなら、秋兄』
あの言葉が、まだ耳に残っている。
自分は無力に彼女を見送っただけ。
あのか細い腕を、繋ぎ止めておく事すらままならなかった。
「あやめ……」
秋人は、低く呟く。
迷いのない悲しい目をして、あの琥珀の鬼は一体何処へ向かったのだろう。
他に行く宛てなど、あるのだろうか。
瞼を下ろし、彼は唇に指をあてた。
微かな甘い香りが、まるで夢の余韻のようにそこに残っていた。
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