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アスファルトで舗装された道を歩きながら、我輩は先程の話を思い出した。
…「かわいい」か…。
人間はよくこの言葉を口にする。余程この言葉が「お気に入り」なのだろう。
しかし我輩にとっては、一番嫌いな言葉だ…。
我輩とて、最初からノラだったわけではない。
少なくとも、我輩の母は「飼い猫」であった…。
ある日どこの馬の骨…もとい、猫とも知れない奴と恋をし、我輩たちを産んだのだ…。
我輩は幸せであった。優しい母がいて、共に遊ぶ兄弟達がいて…。
あれから何年も経つが、未だにかつてあれ程幸福だった時間はない…。
しかし、幸せは長くは続かなかった…。
生後三ヶ月で、我輩達は親兄弟と引き離された…。
別に、我輩はその人間を恨んではいない。
心ない人間ならば、我輩達を段ボールに詰めて道端に捨てただろう。
実際、我輩は野良になってから、そういう猫を山ほど見て来た…。
しかしその人間はそうはしなかった。
兄弟達が楽しく暮らせるよう、新しい飼い主(人間の世界では里親というらしい)を探してくれたのだ。
五匹いた我輩の兄弟達は一匹、また一匹と引き取られていった。
兄弟達は、我輩を残して皆いなくなった。
…しかし我輩の里親は、ついに見つからなかった…。
実は我輩、生まれつき右目が潰れているのだ。
まぶたも開かない。その上には、まるで何かで抉ったかのような傷がある。
…我輩だけだったのだ。
我輩だけが「かわいくない」から、捨てられたのだ…。
別に我輩は、人間を憎んでいるわけでも嫌っているわけでもない。
ただ、もう人間にとって都合のいい、「かわいい猫」になってやるつもりはない。
ただ、それだけだ。
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