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典韋
牙門旗を片手で持ち上げられるほどの怪力の持ち主
その怪力を見た曹操が「まるで古の悪来のようだ」と褒め称え常に傍に控えさせていた
怪力で大食漢というある意味テンプレートなお方だったらしい
そのため食事の際には給仕の人数が通常の倍になったらしい
武器は大きな双戟と長刀などを愛用し
「帳下の壮士に典君あり
一双戟八十斤を提ぐ」とはやされた
張繍が謀叛を起こした際に乳繰り合っていた曹操を逃がすために部下と共に奮闘
曹操を逃がすも門前で矢を浴びて立ったまま死んでしまった
曹操は乳繰り合っていた罰を受けたがその後も女色を慎む事はなかった
しかし曹操は典韋の死を聞くと涙を流し息子である曹昂の死以上に悲しみ
典韋の遺体を取り戻すために志願者を募った
曹操は告別式で泣き
棺を陳留郡襄邑に送り届けさせた
その後、曹操は典韋の墓の前を通るたびに典韋を弔った
そして典韋の子である典満を司馬に取り立てて傍に置いた
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