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蠢く闇の中、彼は虚空へ手を伸ばした。胸に開いた風穴からは、際限なく生命力の雫が零れ落ちてゆく。意識は既に彼の手を離れ、消滅への秒読みを始めていた。
それでも、彼が伸ばした右手は地へ落ちる事なく、毅然と宙を貫いている。生を諦めた身体の中で、その腕だけは生に執着していた。
「ち……っく、しょう……」
必死に声を搾り出そうとするが、喉から僅かな空気が漏れる他、聞こえてくるものはない。彼は噎せ、咳き込んだ。ただそれだけで、身体は過剰な程に限界を訴えてくる。
「死……んで、たま、るかよ……っ!」
言葉とは裏腹に、彼の身体は衰弱していく。その器に湛えられたその生命力が枯れるのも、最早時間の問題だ。
右腕が、力を喪っていく。唯一残された生の具現が萎むのを感じ、彼は完全な諦念を抱いた。
しかし、死を受け入れかけた彼の心は、何者かの手によって包まれる。湛然たる闇の底から、一筋の光芒が彼に向かって伸びていた。
――そして、彼の意識は暗転した。
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