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手にしたナイフにちらりと視線を向け、それをぎゅっ、と思いきり握り締める。
もう、自分に残された時間がない事は分かっている。
多分……いや、間違いなく、これが最期のチャンスだ。
迷っている時間は――ない。
震える手を叱咤し、何とかナイフを構える。
白銀の刃を汚す朱の色に消え入りそうになる意識を、必死に繋ぎ留める。
不意に、名前を呼ばれたような気がした。
見れば、地面に這いつくばっている『彼』が、こちらに手を伸ばしていた。
ああ――あの手を、もう一度握れたら――
でも、それは赦されない。
せめて、『彼』には『自分』で別れを告げなければ。
ゆっくりと、彼に歩み寄りながら淡い幻想を振り切り、ナイフを振り上げる。
数日だったが、彼等と過ごした大切な日々の想い出が、頭に浮かんでは消えていく。
微笑むと、『彼』の顔には絶望の色が浮かんだ。
「――さよなら……」
そして――躊躇なく、思いきり振り上げたナイフを突き立てた。
肉を刺し貫く刃の白銀――
舞う鮮血の朱――
それらを眺めながら、最期に口の中で呟く。
――ごめんなさい……
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