一章 帽子屋

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「さて……下ごしらえは終わりかな」 タルト生地にクリームを流し込んだものを冷蔵庫の中へ静かに置く。 「兄貴」 「おや?何かあったのかい?」 キッチンに入ってきた弟の姿を認めると、くすくすと微笑む。 「なんだよ……」 「ふふ……いや、今日はエドガーが随分元気そうで安心しているんだよ」 下ごしらえの終えたチョコ板を一枚一枚冷蔵庫へ運ぶ。 「あ?それはどういう意味だよ」 「ふふ……そうだね……エドガーはいつも私が城に招かれると元気がないから、かな」 意表を突かれたような顔をすると、エリックから顔を逸らす。 「……エドガー…?」 「……んでだよ」 自分より頭一つ程背の高いエリックの両肩を掴むと、壁に押し当てる。 「なんで、兄貴が“城なんか“に行かなきゃならねぇんだよ!!!」 エドガーに掴まれた所だけ、白いエプロンがしわを作る。 そして、その胸板を叩く。 「……んで…だよ」 「………」 エドガーと壁に挟まれたエリックは遠くを見るように天井を見ていたが、弟の頭に優しく手を置く。 「エドガー」 「……」 「……すまないね」 ふっと顔を上げた弟の視線を振り切って、残りのモノを冷蔵庫へしまい始める。 「……私が城に行かなければ、『帽子屋』は成り立たなくなる」 「………」 「キミには理解しがたい事かもしれないが、職人が職人でなくなる事は何より辛い事なんだよ」 パタンっと冷蔵庫の扉を閉める。 (そう、死ぬよりも、ね――………)
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