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ルートと話していると、時間が飛ぶようにすぎていく。
俺が眠気を感じてあくびをしたときには、すでに3時間が経過していた。
夢中になっていて気づかなかったが、今までの最長記録だ。
アンテークにうたがわれるといろいろとまずいので、俺は話をうちきり、もう帰るから、と彼女に言った。
いつもなら、ここで立ち上がってそのまますがたを消す。
ところが、今日だけはそういかなかった。
なぜなら、ルートが俺の服のそでをつかみ、ひきとめているからだ。
「あのね、あとひとつ言っておきたいことがあるんだけど……」
その声色がいつもとちがって、なにか意味深なものをおびているように感じられて、俺はそのまま立っていた。
「……なんだ?」
「言いづらいんだけどね、じつは……」
弱々しく言って口をつぐみ、うつむく。
よほど口にしづらいことなのだろう。
聞くほうにも覚悟がいりそうだ。
いつもの他愛のない話題ではない。
そう思って、心の中でかまえをとる。
なにを言われようと、うけとめるつもりだった。
だが、そんなつたない決心は、すぐにうちくだかれる。
「──オランダに行くの、3日後になった」
その一瞬、理解ができなくてたちつくしていた。
だが、すぐに事態をのみこむと、俺は声をあらげた。
「なんだって、そんな急な……あとひとつきも先だって、言ってたじゃないか」
ふいにおとずれた衝撃に、動揺をかくせなかった。
最初に言っていた話のとおりならば、オランダに亡命するのはあと1ヶ月もあと。
だから、もっといっしょにしゃべったり、笑いあったりできるのだと思っていた。
それなのにいきなりあと3日だなんて言われても、納得できるはずがない。
「わたしだって、おととい聞いたばかりだもの。そのときはうれしかったわ。でも……」
彼女の言いたいことはだいたいわかる。
こんな不衛生で命がけの隠れ家生活からぬけだせるなんて、それを喜ばないヤツがいるだろうか。
それこそ、ルートと彼女の家族が真に望んでいることだ。
本来なら、祝ってやるべき。
だが、それをなぜかできない自分。素直によろこべない自分。がまんならない自分が、今、ここにいる。
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