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その兵士は白昼夢を見ている気分だった。
土のうのむこうの戦地にライフルの銃口をむけながらも、まるでなにもおこっていないかのようにぼんやりと前を見つめる。
目と鼻のさきで銃弾がとびかっているというのに、だ。
それもこれも、永遠のようにつづく戦火のせいだろう。
銃撃音や地ひびきににた震動が脳髄にまで達し、感覚がマヒしてしまうのだ。
今はしめった土のにおいも、恐怖も、思考も、かれのあたまの中には存在しない。
一種のショック症状のようなものだ。
案の定、かれの上官がバリケードのうしろからわめきまがいの激をとばしてきた。
「おい! クリス! なにをしている!! 撃たんか! 撃たんかぁ!」
かれ、クリストファーはハッとして、意識が戦場へとひきもどされた。
もっていた銃にいそいで弾をこめ、もういちど土のうの上にかまえなおす。
現在、平皿のようにへこんだ盆地にあるこの町では、はげしい局地戦がおこなわれていた。
今回の爆撃で町は半壊し、たてものは原型をとどめておらず、地面には直径4、5メートルほどのあながいたるところにあいている。
さきほど雨がふって鎮火したにもかかわらず、けむりとすすのにおいがした。
しっけた土のうえに、ところどころやけこげた町民の死体がころがっていて、カラスがそれらをついばみ、腐食がすすんだものにはうじがわいている。
目をそむけずにはいられない、悲惨な光景。
生きのこった人々はとっくのとうに非難して、今は軍隊しかここにいない。
クリストファーは2キロ先にある敵がわのバリケードを、スコープをとおして見た。
そのバリケードのうえの、かぎ十字のはた――ナチス・ドイツの軍旗が、強風ではためいている。
かなりの数の戦車と戦闘機がではらい、戦場一帯にひびく爆音はすさまじい。
鼓膜がさけそうになる。
むこうもこちらとおなじように土のうでバリケードをつくり、ゲリラ戦にちかいかたちで攻防をくりひろげていた。
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