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「流ノ介」
貴方が私を呼ぶから。
「お慕いしております」
見上げた瞳は優しくて柔らか。
流ノ介は抱き寄せられながらそっと瞼を伏せた。幸せを閉じ込めるように。
そうして区切られた世界の中で、耳元の唇は紡ぐ。
「俺も――――、流ノ介」
動くだけで声が発されない空白の瞬間、幸せを閉じ込めた暗闇で流ノ介は諦めたように唇を噛んだ。
(ああ、まただ)
目を開くとボヤケた天井の板の目がじわじわと形を為していく。
暗闇に慣れた視覚はそれでも側に丈瑠の姿を捉えることはない。
「また…あの、ゆめ」
アイシテル。
その言葉を紡ぐはずの唇は動きだけで音を伴わない。
初め頃の夢ではその虚しく開閉する様を見ていた流ノ介は、いつしか見ることを拒絶するようになった。
目をそらして、瞳を閉じて、視界を腕で覆って。
それでも言いようのない空虚さに、アイシテルと動く唇の気配だけをひたすらに探っていた。
(馬鹿だ、私は)
夢の中の虚像にすら愛を捧げ、そうした一方通行の愛に絶望する。
「…も、いやだ、みたくない…」
アイシテルと動く唇を感じたくない。
夢を見たくない。
眠るのが恐い。
布団の中で起き上がった流ノ介は立てた膝に額を押し付けた。
まだ暗い。ロードワークの時間にすらならない。
それでも再びあの夢に耐えられる自信のない流ノ介がぐりぐりと膝に擦り付けた額の下、細めた目から雫が布団に落ちる。
静かな部屋で、水滴が布に染み込む音だけが響いた。
こうして朝を待つのも何回目だろう。
それすら覚えていられない。
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