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「誕生日、おめでとう」
「…んっ」
熱い吐息と共に贈られた言葉。
「は…おめでと、バッチ」
ゆるやかな眠りの中から浮遊する意識。
見上げた天井は見慣れた自分の部屋のものではない。しかし、布団とは違う暖かいものに包まれている感触に弘樹の口端がゆるゆると上がった。
「ん…」
倦怠感に唸って身を捩ると腰がずくんと重く痛む。他にも痛いところはいろいろあったのだけれど、それに気づいても嫌な気はしなかった。
自分の頭の下敷きになっている腕と腰に回された手。
「……ぉり」
暖かいそれに笑みを浮かべて名前を呼ぼうとするが痛む喉からは掠れた声だけが細く出ただけだった。
「…ん?」
隣の温もりが動く。
「バッチ?…起きた?」
そう言いながらこの部屋の主、桃季が片腕で身体を持ち上げ弘樹の顔を覗き込んでくる。
酷く嬉しそうな、優しい表情。
「おはよ」
「……はよ…けほっ」
「大丈夫?」
大きな掌に髪を梳かれて弘樹の頬が紅く染まる。数時間前までそれより遙かに恥ずかしい行為をしていたにも関わらず、こういう甘い雰囲気の方が照れるらしい。
「んん~…とーりぃ…」
「なに?」
照れを隠すよう胸に額を押し付けると力強い両腕が髪を混ぜるように掻き抱いた。
そうして視界を塞いだ弘樹は桃季の幸せそうな笑みに気づかない。その融けるような表情のまま耳元に唇を寄せ囁く。
「バッチ」
「あっ…」
ひくりと背中を震わせた弘樹を撫でて、耳に唇が触れる程近づけた。
「生まれてきてくれて、ありがと」
end.
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