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夕暮れ時の新宿は昼間と変わらない喧騒に包まれている。
春先になり日も長くなってきたが、それでもこの時間ともなれば随分と薄暗くなってくる。
俺は光から闇へと世界が変わるようなこの一瞬が大好きだった。
「おい。姉ちゃん、1人?今からオレらと遊ばね?」
夕暮れの風情に浸っていた俺の耳にチャラチャラとした不愉快な声が入ってきた。
薄汚い中途半端な茶髪にケツまで下げたダメージジーンズ。もう1人はホスト風に決めたつもりでいるのだろうが、ネクタイのエキセントリックな柄のせいでエセヤクザみたくなっている出っ歯。
ナンパか。
ちなみに俺は男である。
ただ生まれつきの女顔に加え、現在は髪を伸ばし後ろで一本に縛っている。
だからこんなことは日常茶飯事であるし、ぶっちゃけ今日だけで3度目である。
「なぁなぁ聞いてんの?」
俺が無視を決め込んでいるとヤクザ風味出っ歯が回り込んできて顔を覗きこんでくる。
声出すかすりゃあすぐ文句言って離れていってくれるのだが、至福の一時を邪魔された俺はちょっと機嫌が悪かった。
「美人だからってあんまお高くとまってっとよぉ……」
俺は目の前で喚いている阿呆二人を視界に入れた。
改めてみると二人ともすこぶる残念なオーラがこぼれ落ちている。
てか頬を染めるな気持ち悪い。
俺はこっそりと右手の親指と中指の腹を擦り合わせた。
そしてその右手に淡い光が灯ったのを確認すると、くるりと方向転換し、早足に歩き始めた。
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