紅魔館

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アリスは、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、暫時は呼吸をするのさえ忘れていた。旧記の阿礼乙女の語を借りれば、「頭身の毛も太る」ように感じたのである。すると魔理沙は、火のともったランプを、床の書物の間に挿して、それから、今まで眺めていた魔導書のページに片手をかけると、丁度、新聞記者が新聞の一面を切り取るように、そのページの紙を一枚ずつ破りはじめた。ページは簡単に破れるらしい。 そのページが、一枚ずつ破れるのに従って、アリスの心からは、恐怖が少しずつ消えていった。そうして、それと同時に、この魔理沙に対するはげしい憎悪が、少しずつ動いてきた。――いや、この魔理沙に対すると云っては、語弊があるかも知れない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。この時、誰かがこのアリスに、さっき紅魔館を訪れる前にこの人形遣いが考えていた、孤独になるか盗人になるかと云う問題を、改めて持出したら、恐らくアリスは、何の未練もなく、孤独を選んだ事であろう。 それほど、この人形遣いの悪を憎む心は、魔理沙の床の書物に挿したランプの火のように、勢いよく燃え上がり出していたのである。 アリスには、勿論、何故魔理沙が魔導書のページを破るのかわからなかった。従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。しかしアリスにとっては、この雨の夜に、この紅魔館の中で、魔導書のページを破ると云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。勿論、アリスは、さっきまで自分が、盗人になる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。
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