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にこにこと見つめてくる正宗は、忍が選ばない限り解放してはくれないだろう。
この男の強引さは一年という付き合いでいやというほど理解している。
小さくため息を漏らした忍は、選ぶという意識をもってキーケースを見つめた。
正宗は、外見が派手なわりに服装は落ち着いたモノトーンを好む。
黒のジャケットにダメージデニムを合わせ、インナーに着ている淡いピンクのTシャツは差し色なのだろう。黙っていれば歳相応に見える出で立ちではあるかもしれない。派手にジャラつかせたシルバーアクセサリーも下品には見えないのは、元々のものがいいのか正宗のセンスなのか。
「――グレーのほうが、いい、かな」
大きなバックルが目を惹くデザインが、正宗に似合っている気がした。
忍のひと言に大きく頷いた正宗は、傍でふたりのやり取りを微笑ましく見つめていた店員に声をかけ決まったことを告げる。新しいものを取りに行ったのを横目に、忍はひと言言って店外へ出た。
このテの店は苦手だ。
足を踏み入れた瞬間から、漂う高級感に押し潰されそうになる。
元々ブランド物に興味はなかったし、今まで付き合った男に連れてこられたことはあっても自分が身に付けるものを買いに来たことなど一度もない。
「おー待たせぇ」
店の壁に寄り掛かって道行くひとをぼんやり眺めていると、間延びした声に呼び掛けられ振り返った。
手に小さな紙袋を持った正宗が、何がそんなに楽しいのかと訊きたくなるような笑顔で立っており忍はつられて笑ってしまう。
プライベートの正宗は、柔和な笑みを口元に浮かべながらも目は真剣で、自発的に会話をしていても客から話を引き出す才能がある。
こうしてふたりきりで会うときの表情の変化に戸惑うことが多くあった。そういったギャップも人目を惹く要因であるのだろう。
知り合って一年、付き合って一ヶ月。
まだまだ浅いながらも、少しずつ見せられてゆく正宗が少なからず忍は嫌いではなかった。
正宗はリード上手である。
行動力もある。忍を飽きさせないし、その唇から語られる話はおもしろいしいつまでも聞き入ってしまうことも多い。予定なく歩いていても、連れていかれる場所は楽しいし感情から作られる笑顔も浮かぶ。
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