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正宗の部屋に泊まりに来ることが多くなり、忍の私物もこの家には多い。クローゼットにしまい込んであるのは、忍の私服や下着だけではなくいつだったか買った部屋着も一緒だ。
スエットとTシャツに着替えリビングへのドアを開ければ、クローゼットを漁る音で気付いたのだろう、正宗がマグカップをふたつ持ってソファーに座るところだった。
「おはよー」
「……おはよ」
起き抜けの頭に正宗の笑顔は眩しい、などと思うのは、自分の頭が未だに起き切らないせいだろうと言い聞かせて洗面所へ向かう。冷たい水で顔を洗えば目も覚めるだろうと思ったが、リビングに戻ってソファーに座っても正宗の笑顔は眩しかった。
「コーヒーいれといたよー」
ほかほかと立ち上る湯気は香ばしいコーヒー豆の匂いを漂わせていて、茶色の液体を口に含めばやわらかい甘さが広がる。女子供が好むような味は忍ぶにはちょうどよく、仄かなあたたかさが心地よかった。
「体、大丈夫?」
ぼんやりテレビに映る昼のバラエティー番組を見ていると、正宗がふと尋ねてくる。いつもより沈んでいる声音は、昨夜いつもより激しく忍を求めた自覚があるからなのだろう。
体の安否を尋ねてくるのはいつものことだったが、今回のようなことは珍しく忍はつい小さく吹き出してしまった。
「大丈夫ですよ、あれくらい」
「あれくらいって……」
受け答えに何やら引っ掛かることでもあったのか、正宗はぶつぶつ何事かを呟きながら不満げにわかるかわからないくらいに眉間に皺を寄せていた。
忍にしてみれば、初体験は遅かったものの、男に抱かれることはずいぶんと慣れた行為だった。
一年の間にだいぶ擦れたものだと思いながら、今ではあらぬ場所で快楽を感じることが出来る自分に笑ってしまう。
それでも、自分が男である以上受け入れる器官はそこしかなく、少しでも好きな相手と心だけでなく繋がりたく思えばそこを使うしかない。排泄器官であるその場所が作り変えられてゆく恐怖はなかったと言えば嘘になる。だが、繋がることの喜びはその僅かの恐怖を凌駕した。
非生産的行為だとはわかっている。
それでも、のしかかる重みと与えられる熱は、忍に安心をもたらす材料であったのも事実だ。
正直言ってしまえば、女のようにやさしく、それこそ壊れもののように扱われるのが忍は苦手である。
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