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このカフェで摂れる食事はせいぜい軽食といった程度で、午後を乗り切るぶんの空腹を満たすには些か足りないものもあるのだろう。
ゆったりとしたソファーやテーブル席で思い思いの時間を過ごしている客たちは、みな美味いと評判のケーキやコーヒーに舌鼓を打ちながら店内に漂う穏やかな時間を味わっていた。
席を取っているよう頼まれた忍は、辺りをキョロキョロと見渡したあと駅前通りを眺められるカウンター席へと腰を落ち着けた。
モノトーンで纏められたやわらかそうなソファーにも心惹かれたが、隣り合って座るしかない二人掛けソファーに男二人が身を寄り添って座るには世間一般の目からは見苦しいものがあるだろうし、何より距離が近すぎる。
付き合い始めたばかりの初心な中学生じゃあるまいし、至近距離に身を寄せること自体にどうという抵抗があるわけではなかったが、それでも今日二人で出かける名目が『デート』である以上若干の恥ずかしさは拭えなかった。
忍と正宗が付き合い始めて、もう一ヶ月だ。
忍が、自分の性癖をそれと理解したのは高校に入ってすぐだった。
もっとも、その片鱗は中学のときから覗かせており、小学生のとき同級生に漠然と抱いていた感情に名を付けては妙にしっくりときてしまい納得してしまうほどだった。それでも、思春期特有の気の迷いや自分は他とは違うのだと思いたい気持ちがもたらす錯覚だと思い込もうとした時期もあったが、結局は高校に進学し落ち着いてからも自分の目が向かうのは女性のやわらかなそれではないことに気付き認めざるを得なくなってしまったのである。
友人に誘われ肌も露な雑誌やビデオを目にしたことはあったし、女性の体に目を向けようとしたこともあったが、そこに性的興奮を得ることはなくどちらかと言えばその女性に触れようとする男性に体は昂ぶっていた。
だが、それを認めて楽になったのは事実である。
しかし、認めたところで忍の周辺のの環境が変わったわけではない。
恋する相手は男性ばかりで、甘酸っぱい切なさに眠れぬ夜を過ごしたところで誰かに胸の内を明けることも出来ず恋が実ることもなかった。そうして、忍のなかでいくつもの恋が芽吹いては咲くことなく散っていったなかで、唯一花を開かせたのが高校三年生のときの恋だった。
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