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「キゲン、悪いじゃん。またなんかあったの?」
春香は一馬の隣を歩きながら、道の端で立ち止まり、自分の横にいる男を一途に見つめている女子生徒を横目に見る。
立ち止まっていたその子の一馬を見る目は、明らかに恋する乙女のもので、一瞬だけ春香に向けられたその目は、嫉妬に燃える女のものだった。
口元が緩む。
・・・少なくともあの子よりは、アタシの方が一馬の近くにいる。
長い片想いを支えている、小さな優越感だった。
「またって・・・何が原因だと思ってるわけ?」
一馬は携帯を閉じてポケットにしまいながら、春香に視線を向けた。
特別扱いはされなくとも、決して春香のことを邪険にはしない。
これもまた、春香が一馬から離れられない理由のひとつだった。
「またお父さんとケンカでしょ」
「ぐっ・・・」
「当たりぃー」
フフン、と鼻で笑い、自慢げに一馬を見上げる。
一馬が朝機嫌が悪い理由は、父親とケンカした時か、朝食のみそ汁にネギが入っていなかった時だけと、春香は知っていた。
「今度は何?また同級生の女紹介しろ、とか言われたの?」
「・・・ごめん、それもう忘れて・・・」
以前、70歳を迎えた父が「もう一花咲かす!」と騒ぎ、一馬に同級生のピチピチギャル(死語)を紹介しろと迫ったことがあったのだ。
「マジもう・・・なんなのあのジジイ・・・」
一馬は頭を抱えてうなだれる。
もう泣きたい・・・。
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