おつかい

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 ごくりと少女の喉が鳴る。お釣の十円玉を握り締めた手の平はじんわりと汗ばみ、わずかだが震えている。片手にぶら下げた小振りのレジ袋には、母のおつかいで買った九十五円の木綿豆腐が一丁。少女の動きに合わせて、プラケースの中でぷるぷるとその身を揺らしていた。  つい先日卒園式を終えたばかりの彼女の顔には、そのあどけなさには似つかわしくない迷いと緊張の色が浮かんでいる。少女の目の前には、カラフルな紙に包まれた小さなチョコレートが並ぶショーケース。それは宝石箱のように妖しく煌めき、彼女を誘惑した。 「遅かったけど大丈夫だった?」 「うん、はい、おとうふとお釣」  帰宅した少女は母に豆腐とお釣の五円を手渡す。よかった、と母はにっこり笑って彼女を褒める。頭を撫でる母の手の平は、温くてふわふわ。  口の中に残るふくよかな甘味は、僅かに苦味を伴って少女の胸をチクリと刺す。泣きそうになって、思わず母から顔を背けた。  豆腐屋のおばちゃんが、五円おまけしてくれたのは内緒の出来事。そして道草をしてチョコを買ってしまったのは、小さな彼女の初めて犯した小さな罪。
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