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胸のどきどきが少しずつ大きくなってく。こんなのガラじゃないのに。
急ぎ足で駅前にあるカフェに入ると、むっとする熱気があたしの顔にまとわりついた。こんなに暑くなるんだったら、いくら流行りだといってもブルゾンなんて着てこなきゃ良かった。あたしはブルゾンのジッパーを軽く下ろす。ざわついた店内には聞き覚えのあるラブソング。ヤバい。ますます緊張してきた。
レジでアイスカフェオレを注文して、受け取りカウンターに並ぶ。それにしてもやけに暑い。外はもう結構あったかいっていうのに、店内に暖房入れすぎじゃないかと思う。あたしは結局着ていたブルゾンを脱いだけど、なんだか体全体が暑い。顔なんてきっと赤くなってる。ちょっと、意識しすぎじゃないか。落ち着けあたし。
カウンターの向こうにあるドリッパーで淹れられるコーヒーを眺め、あたしは深く深呼吸した。バッグから携帯を取り出すと、緑のランプが点滅している。来た!あたしの心臓はどくんと一回大きく跳ねた。
落ち着け、落ち着けあたし。そう自分に言い聞かせながら、あたしは自分でも可笑しくなるほどに震える指で携帯を開いた。
――車にガソリン入れてくから遅くなる。
な、んだ。すうっとあたしの肩から力が抜けた。期待して損した。せっかく待ち合わせの時間に遅れないように、でも久しぶりに会うあんたにがっかりされないように、早起きしたり着ていく服選んだりしてきたのに。楽しみにしていたのはあたしだけだったのかな。思わずため息が漏れた。
店員さんの視線を感じ、あたしは大丈夫というつもりで首を振った。遅れるだけだし、別にそこまで落ち込むことも無い。ちょっと期待しすぎただけ。カフェオレ飲んで落ち着こう。あたしは差し出されたカフェオレを受け取るために手を伸ばした。
「キャラメルシロップ入れるんだろ?」
聞き覚えのある声にあたしは思わず息を呑んだ。その瞬間に鼻から胸に懐かしいタバコの匂いが広がる。あたしが受け取るはずだったカフェオレに伸ばされたもう一つの腕。あの手首に見える古傷は間違いない。どうしよう、遅くなるって言ったくせに。胸がいっぱいになって、あたしはすぐには動けなかった。
「三年ぶり。卒業おめでとう、璃子」
会いたかった。けど何も言えない。目の奥が熱くなった。あたしは大きく息を吸い込むと、ゆっくりと後を振り返る――。
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