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ある日、突然。
それは、算数の九九の時間だった。
一人ずつ先生の前へ行き、暗記した九九を全部言えたら合格。
合格してない子は、できるまで、毎回算数の時間のはじまりに、チャレンジしにいくことになっていた。
チャレンジが始まって、大分人数が減っていたある日。
あまり勉強しない方だった私は、その日も恥ずかしいのを笑ってごまかしながらも、必死に9×8を思い出そうとしていた。
「え~っと~…」
「頑張れ~榎本~」
「朝子ちゃーん!もうちょっとだ~」
みんなが、ニコニコしながら応援してくれていた。
「う~ギブアップ~」
と、ちょっとおちゃらけた時だった。
ダンッッ
先生が、
おさげにしていた私の髪を、
自分の机の上へと勢いよくつかみ
押し付けた。
私は、そのまま前かがみに、
机ギリギリのところで顔はみんなの方を向いていた。
次に、視界に入ったのは、先生が何か大きいものをペン立てから取ったところ。
「今の何だろう…」
確かめるようにみんなを見た。
みんな、息が止まってるかのように、一瞬で凍りついていた。
ゆっくり、掴まれている髪の毛を見た…
『………あ……』
私の髪は先生の大きなハサミのパックリ開いている刃の中にあった。
……ドキン…ドキン…
私は生まれて初めて、自分の心臓の音が聞こえた…。
そーっと、
全身震えながら、
自分の体を支える為に、
先生の机の端に両手の指先をつけた。
「くは…くは…くはくっ…くっ」
目に涙が溜まってきた。
声もうまく出せなくなってきた。
「くはなんだっ!早く言えっ!
この髪ぶった切るぞっ!」
『嫌だ…嫌だ…切られたくない……切られたくない。』
「早く、言えと言うのがわからないのか~っ、切るぞ切るぞ切るぞ~!」
私は、すがる思いで、『た、す、け、て』と心の中でいいながら、一番前の席の子の目をゆっくり見た。
その子はピクリともせず、
小さく口を動かし、
「しち…じゅう…に」と教えてくれた。
私はとっさにその子のことがバレないようにと思い、宙を見ながら、
「しちじゅうに。」と答えた。
先生は投げ捨てるように、私の髪を離した。
その日は、家に帰ってからもずっと放心状態だった。
夜、布団の中でふと我に帰り、
『あの子が教えてくれなかったら…羽村先生、ほんとに私の髪の毛切ったのかな?』
と思ってから、目をつむった。
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