276人が本棚に入れています
本棚に追加
「それは、わざわざすいません。」
「あの、なんだかお邪魔したみたいですわね。」
ちらりと、彼女の視線が美月をとらえる。
「いや、彼女は…。」
「やだな、私は“藤宮サン”とは、ただの顔見知りですよ。エレベーターで一緒になっただけ。」
「そ、そうなんですか?ごめんなさい、変に気をつかってしまって。」
「いいえ。じゃ、また。」
「あ、ああ。」
美月は、顔色一つ変えずにスタスタ歩いていった。秋人は、内心なんの動揺も見せなかった美月に対してムッとしていた。つい先刻、出ていけと促していた自分が、何故こんなに苛立つのか?答えなど、知りたくもない。
「今日は、ろくな日じゃないな。」
「ハァ、ハァ、ハァ…。」
マンションの角を曲がり、美月は、ひたすら走っていた。もう、絶対“二人”に見つからない。そう確信出来る場所まで走って、やっと立ちどまる。見上げれば、重苦しい冬の空が広がっていた。憂鬱な空…。重苦しいのは、空だけじゃない。私の心も…―。
「あんな風には、なれないもん…。」
先程の女性と自分を比べて、美月は劣等感に押し潰されそうになっていた。
最初のコメントを投稿しよう!