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少し早い夏休みを迎えた俺は約二時間電車に揺られ、それなりに歴史のある、とある海辺の街に来ていた。
民俗学の論文作成の為だったが、観光名所になっている寺や神社、資料館を観て回る以外は特に当てはなかった。
駅を出て一息吐いた俺は、とりあえず車窓から見えていた海に足を運んだ。
七月に入ったばかりとはいえ、日差しはとても強い。
そんな中、普段自分の住む街では見ることのない海を横目に歩いていると、白い帽子が落ちてくるのが目に留まった。
帽子を拾い上げ顔をあげると、前方に見える小さな高台の上に、こちらを見ている一人の少女の姿が見えた。
長い黒髪を手で押さえながら、無言でただこちらを見ているだけだったが、何故かその時俺は、この帽子はきっと彼女のものだろうとすぐに感じた。
「今持っていくよ」
動きを見せない彼女に痺れを切らしたわけではないが、高台からの景色も見てみたいと思ったので、俺は浜辺から伸びる短い階段を登った。
登りついた場所は、何もない広場のようになっていて、青く広い空を背に立つ少女の姿は、すぐに見つけることが出来た。
俺の姿を確認しても無表情を崩さない少女…。
そんな彼女を見た時、一瞬その少女が空の青さに溶け込んでしまうような感覚がした。
そんな不思議な印象を覚えながら、俺は帽子を差し出した。
「ほら…お前の、だろ?」
白いワンピースを着たこの少女に、その帽子はきっと似合うだろうと考えながら、彼女の反応を待った。
ゆっくりと帽子から俺の顔に視線を上げる少女…。
近くで見たその瞳は、どこか悲しげな色をしていたように見えた。
その瞳から目を逸らすつもりはなかったが、俺は言葉を待たず、彼女の頭に帽子を被せた。
突然ことに驚いたのか、咄嗟に帽子を両手で押さえ、再び俺を見た。
相変わらず無口な少女は、今度はそちらから目を逸らすように小さく、でもゆっくりと会釈をし、軽い小走りで俺の横を通り過ぎていった。
思わず振り返ったが、何も声を掛けることは出来なかった。
彼女の姿が見えなくなった頃、忘れていた波の音が聞こえた。
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