darker than commonly

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例え嗚咽の中に紛れ込んでいたとしても、自分の名前を見間違えるはずはない。 わずか3センチほどに開かれた引き戸の隙間からでもはっきりそれと判別の出来る血の如く紅く妖艶な唇は、曖昧ながらも確実に『サトル』と、紡いでいたのだから。 一種の恐怖とまた対極の興奮にも似た感情に手のひらがじっとりと汗ばんでゆくのを感じつつ恐る恐る垣間見たその光景は、同じ男の立場からしてもたまらなく淫靡で、誰でもうっとりしてしまうであろうほどの色香を振り撒いていた。 一歩たりとも動けなかった。まさしく脳神経のすべてですらもふつふつと湧き上がる無尽蔵の性欲には勝てなかった、そんな瞬間だった。 限界以上に高ぶった心。激しい動悸と息切れにも一切構わないまま、先程より更に顔を、目を扉に近付けて中を伺ってみる。 ……思わず、背筋が震えた。 真っ二つに千切れてしまうんじゃないかというぐらいに開かれたむちむちの太股はひくひくと痙攣しており、いやらしい艶を放ちながら濡れ続けている。 目線だけをゆっくりと双丘の方へ上げると、既に蕾は白く長い、あの美しい指をしっかりと2本も飲み込んでいた。 惜しいところで後ほんの少し性感帯に届かない分刺激が足りなくてもどかしいのか、情けなく呻きながらずりずりと腰をくねらせる。このはしたなくも魅力的な姿を知っているのが今の全宇宙で俺たった一人だけだと思うと、口角だって自然と吊り上がるモンだ。 「…………――っ、……――っ、」 涙と涎とでぐずぐすの顔はもはや異常なまでに上気し、そのせいで心なしか室温も高くなっている様な気がする。 俺の荒い息も熱を帯びはじめ、薄い木の板1枚を隔てたふたつの空間ではいつの間にかほぼ同じ間合いで二人分の呼吸音がお互い気付かぬうちに上手くこだましていた。 そしてそれに覆い被さる音も鼓膜が自らシャットダウンしてしまうほど、俺は視界に映るシーツでもがき溺れる人魚の様(さま)に惹かれていたのだった。 憶することなく足を進めて、軋んでばかりいるベッドの真ん前で不意に立ち止まる。 目と目がジャストにかち合ったとき、人魚の瞳に浮かぶのは丸い涙の球。…重力に抵抗することもままならず、結局はスロー再生みたく落ちていった。 眼下の口は、サトル、サトルと繰り返し叫ぶ。いや、これは永久にシャウトにはならないんだけど。
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