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「――真木さん、」
不意の沈黙を打ち破る高めの声に、思わず身が震える。いつの間にか、俺と彼との距離は僅か10センチ足らずになっていた。
「……、ごめん。ボーッとしてた」
誤魔化そうと笑ったつもりだった。なのに彼は苦しそうに眉を寄せた。
「泣いてる、」
俺が白過ぎだよとからかった細くて長い指が、頬の涙を拭う。優しく、やさしく。
口をついて出たごめんな、の言葉だけじゃ表現出来ないのがもどかしくて悔しくて、なおも心配そうに俺を見つめている目の前の痩せた身体をきゅっ、と胸に抱き寄せた。
「……真木、さん…、」
小刻みな揺れが手のひらに伝わってきて初めて俺は、彼も怖くて悲しいのだと知った。
「大丈夫ですよ」
「おれ、しぬの、こわくないですから」
そう、強がったけれど。その声だって明らかに震えている。
――ほんとうは、こわいんだろう?
俺の何倍も何倍も。俺と出会うずっと、ずっと前から。
たったひとりの家族を殺めようと立てた、あの犯罪計画さえ実行に移せなかった。そんなお前が死ぬことを恐れていないだなんて、何かの冗談だろう?
――電車は目的地に着いてしまった。
彼は、そっと革靴を脱いだ。なぜ脱いだのかと訊けば、線路はもう水浸しだからだと言う。
それでも俺は脱がなかった。
なんとなくだけど、最期の瞬間がやって来るまではこいつを脱がずにいようと決めていた。…出会って間もない頃、彼がいつもお疲れ様という労いと共に満面の笑みで俺に手渡した紙袋の中身が今、足を飾るこれであって。
せめて俺たちと一緒に滅茶苦茶の亡骸になってしまわない様、最後は脱ぐつもりでいた。
だから、それまでは。不器用でなかなか素直になれない彼がくれた、最初で最期のプレゼントと1秒でも多く過ごしたい。
物思いに耽っている間にも、遠くには水を掻き分ける彼の姿と音。
その穏やかなBGMを打ち消す軋む車輪のそれが聞こえてきたとき、彼はちょうど、列車が加速し始めるであろうポイントで革靴を並べた。
「真木さん、来ますよ」
次に見えたのは、二度目の笑顔と手招き。
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正義の真木さん×悪の夢人にーちゃんで心中前の一時。
愛し合ってはいけないふたりだから結局最後は死ぬしかないよな、みたいな。このふたりはどのCPより儚いと思います。
タイトル(英訳)と全体のモチーフは、『千と千尋の神隠し』サウンドの『6番目の駅』から拝借。
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