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なんか適当に作るわ、とキッチンの奥に消えていくどっくんの背中を目線だけで追う。
彼の方が4つも年下だというのに立ち振る舞いから何からすべてが俺よりもずっと大人で凜としていて、密かにこれが二大都市を跨いで闘うヤツなりの気負いなのかと思わずほれぼれした。
その間にも視線の先からはひっきりなしに手際のいい物音が聞こえている。…彼に使われる冷蔵庫はさぞ幸せだろう。
俺の好きなモノ嫌いなモノを唯一深くまで知っている存在のどっくんだから、俺が何も言わなくてもいつの間にかテーブルを目指してあたたかい湯気とシチューが一緒にやってくるんだ。
…ああそうだ、前にヒナが酒の勢いを借りて言ってたっけ――どっくんはいつか絶対に俺らの仲から離れてまうねんなあ、って。
呟いた時のヒナの横顔が珍しく哀しげっていうかなぜかやたらと寂しげだったから、痛々しいぐらいによく、覚えてる。
ヒナがそう思っているみたいに、いや、ヒナが思っている以上に俺だって、俺だって死ぬ覚悟ばりの小さい決心は決めているつもりだ。
……だけど、出来たてのシチューが時間の経過と共に冷めてまずくなるみたいに、どっくんの俺たちに対する気持ちだってやがては冷えきって、もうひとつの広大な戦場に、もうひとつの大切な仲間の輪へとじわじわ傾いていってしまうんだ――あの、どこか懐かしくておいしい、どっくんにしか作ることのできない、どっくんだからこそ作ることのできるあまいシチューが食べられなくなってしまう!
……どっくんが冷たくなったシチューなら、俺は忘れ去られた銀のスプーン、だ。
掬う為のモノも与えられない、目的すらろくに全うできない…使えないんだ。
「きみちゃーん!今日もおれ特製の美味いシチュー出来たでー!……って…きみちゃん!?…なぁ、ど、どないしたん!?」
慌てないで、あったかいままのシチューを忘れないで、冷めちゃう!冷めちゃうから!
どっくんが丹精込めて作ったやさしいシチューが、いや、どっくんの優しい気持ちがだんだん冷めてしまうから!
冷めてしまうのが怖いんだよ!…だから俺はもう、あたたかいのは嫌なんだ!
いつかのスプーンみたく無様に忘れられたく、ないからさ。…お願いだ。お願いだよ、なぁ。
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