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カチカチと上下運動を繰り返す指先には余裕が無い、みたいだ。
溜め息をついてはペン先とルーズリーフとをにらめっこさせ、また唸りながら空を仰いでは煮詰まった考えを吐き出す様に2、3、深呼吸。
得意分野の『音』は嫌になるほど楽しめても、いざ『言葉』となると決してそうはいかないらしい――うん。ヒナはそういう人間なんだよな、とにかくまっすぐ。だけど同じだけとにかくぶきっちょ。
「深く考え過ぎなんかなぁ、」
半ば愚痴に近いゆるく気だるげなトーンと、クマがありありと目立つぱっちりした目元。明らかにここ最近の働きっぷりとお疲れっぷりが見てとれる。
結局最後は自分の不器用さに気付いて俺にまで無謀なアイデアを求めてくるくせに『趣味で作詞』だなんていっぱしの芸術家気取り、いい加減やめたらどうなんだとつい口をついて出そうになったけど、後々俺が後悔しそうな予感がいやにはたらくので胸の内にそっとしまっておくことにしよう。
視野の中心をヒナからくもりひとつ無いガラスの向こう側へと移す。
早くも月明りがにじむ濃い橙色をした夕空を見てまず思い浮かぶのは、やっぱりというか案の定というか、マルの笑顔だった。……あぁ、そういうことか、よくヒナが俺のことを『メンバー想いでメンバー1の気遣い屋』と評しているその意味が、ほんのちょっとだけでも分かった気がした。
なるほどなぁ、と月の黄色を注視していると、今度は脳裏にどっくんのはにかんだ顔。
ただ、単純に大好きなのかもしれない。
多分後にも先にもこの7人に匹敵する人間が偶然でも必然でも出会って、ましてや活動を共にすることはいくら同じ事務所の尊敬する後輩や仲間といえど0パーセントだと思うから。
今だってそうだ。必死に反対側へ伝えようと、表現しようともがくヒナに強く『何か』を求められるのだって、口ではひねて「面倒臭い」としか言わないけれど…実のところは案外嫌じゃあなかったり。照れ臭いからなかなか言えないけど。
むしろ、そんな『伝達』ということにかたくなにこだわり続けるヒナの芯の通った一本気にはほれぼれするモノが潜んでいる、とてもじゃないが俺には真似なんてできないさ。
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